ドイツで開かれたサッカー女子ワールドカップで見事頂点に立ったなでしこジャパン。
全6試合にフル出場し、不動の左SBとしてチームを牽引した鮫島彩は、この半年間で「天国と地獄」を味わった。
3か月前、鮫島は所属していたチームを失った。チーム名は「TEPCOマリーゼ」。東京電力の女子サッカー部である。
「なでしこリーグでは、マリーゼは異色の“エリート集団”でした。全員が東電の事業所に勤務する正社員。年間予算3億円の潤沢な資金で、金銭面の心配をすることなくサッカーに専念できていた」(サッカー協会関係者)
鮫島も、福島第一原発で事務をしていた1人だった。だが、3月11日の東日本大震災で状況は一変する。
その日、鮫島を含めたマリーゼのメンバーは宮崎で合宿中だった。宿舎に戻ってつけたテレビ画面を見て愕然としたという。
「選手たちが暮らしていた寮は、避難地域に指定された双葉町にあった。メンバー全員は福島に帰れないまま、チームは合宿先で活動中止に追い込まれた」(東電関係者)
彼女らマリーゼの選手の仕事は原発の安全性をPRすること。自分たちだけ福島から逃げ出していいのか。鮫島は引退も考えたという。
翻意させたのが、なでしこのライバル・米国のプロ選手だった。前出の東電関係者がいう。
「偶然、マリーゼの宮崎合宿に参加していたボストン・ブレーカーズの選手の仲介で渡米が実現したのです。鮫島にも“海外で力を試したい”という思いがあったようで、説得の末にブレーカーズに入団することを受け入れてくれました」
決勝で米国を下した後、鮫島は、「この場に立てているのは、これまで携わってくれた人のおかげ。感謝したい」と涙ながらに語った。その感謝は、自らを受け入れたライバル国にも向けられていたのだろう。
※週刊ポスト2011年8月5日号