夏の風物詩、甲子園。だが、今年はそこに立つべき男がいなかった。前常総学院監督・木内幸男、80歳。甲子園通算40勝の名将は県大会決勝で敗退すると、惜しまれつつユニフォームを脱いだ。8月某日。記者が自宅を訪ねると、居間のテレビで白球の行方を寂しげに眺めていた――。
* * *
もう80歳、静かに消えようと思ってるの。3年ほど前かな、大腸にポリープができてね。その時は良性だから大丈夫と言われたけど、今ではこんなに(と親指と人差し指で輪を作る)大きくなってんだって。毎日病院通いだよ(苦笑)。
数年前に脳梗塞と腎臓がんを患ったばかり。歯も13本抜けている。このまま続けたら間違いなく死ぬだろ。それで理事長にもう卒業させてもらいますと伝えた。こんだけ恵まれた野球人生、幸せの一言ですよ。
今年春の関東大会で対戦した専大松戸(千葉)には、2001年の春の甲子園で優勝した代のキャプテンがコーチしていてね、うちにも2003年夏優勝のキャプテンがいた。
そいつらが揃って、試合前にノックを打ってた。俺は一人で感激してよぉ。あれを見て、俺も引きどきだなと。まぁ、俺の時代はおわったってことだろなぁ。
2003年夏、ダルビッシュ有と甲子園決勝で対峙したときだなぁ、前日には彼が疲労骨折で足を怪我してるって知ってたの。本来ならバントで揺さぶればよかった。
でも、子供たちにはやらせなかったのよ。決勝戦ということもあったけど、勝っても負けても正々堂々と四つに組んで闘おうとね。
そして勝った。苦戦はしたけどよぉ。子供たちは大きな自信に繋がったと思う。勝てない人は、勝てば官軍という戦い方でいい。でも一度官軍になれば、賊軍と言われないようにしないとなぁ。若い頃なら相手の弱点をどんどんつくでしょうが、人間というのは結果が出ると視野が広くなるわな。
※週刊ポスト2011年9月2日号