【書評】『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』
(ブライアン・ハリガン、デイヴィッド・ミーアマン・スコット 著/監修・解説 糸井重里 訳 渡辺由佳里/日経BP社 1785円)
【評者】香山リカ(精神科医)
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1960年代のアメリカに生まれた伝説の超個性派ロックバンド、グレイトフル・デッド。“金儲け”とは無縁のマニアックなバンドと思いきや、年間5000万ドルもの売り上げを上げていた、というからビックリ。
その秘密を探ればきっと未来のビジネスの姿も見えてくるのでは……ということで、グレイトフル・デッドのコアなファンにしてアメリカビジネス界の成功者のふたりが、徹底的に分析したのが本書。
たしかに、音楽業界の常識にとらわれない彼らのやり方は、このネット社会のビジネスマインドにも通じるものがある。たとえば、音源を無料で配ったり、ライブでの録音OKとしたり、代理店を通さずにダイレクトにファンたちに情報を発信したり、という話を聞くと、すぐに「それって、今で言うフリーウェアや無料コンテンツ? アフィリエイトや口コミ効果のこと?」と連想したくなる。
そして、「彼らは非常識なことをしていたわけではなくて、未来のビジネスモデルを先取りしていたのだ!」と膝を打ち、「わが社も今日からこの方式で行こう!」と思いたくなるのも当然。そういう人たちのために「すぐに取り入れられるノウハウ」も記されている。
写真も遊び心も満載で楽しく読める本なのだが、ちょっとだけ引っかかることがある。それは、「ホントにグレイトフル・デッドは金儲けしたかったんかいな」ということ。彼らはマーケティング的な戦略として、無料音源の提供やらファンへの直接メッセージやらをやっていたわけではない。
おそらくいちばんの理由は、“反体制”でいたかったからで、次の理由は面倒くさかったから、ではないだろうか。もちろん“反体制”には“反資本主義”というのも含まれていたはずだから、結果的に売れてしまったことに対しても素直に喜べなかったのではないか……。
こんなことを言うと、また「古いサヨクのロマン主義」とバカにされるかも。まあ、ここは糸井氏の推薦コピーのように「これでよかったのだ」と素直に楽しもう。
※週刊ポスト2012年2月10日号