「ほとんどのスナックのドアって、ガラス張りになってない。外から中が見えないのが普通でしょ。それはスナックが飲食店にとどまらない“家”としての機能を持っているからなんだと僕は思う」
こう語るのは、東京23区のスナック街を丹念に記録した『東京スナック飲みある記』(ミリオン出版刊)の著者で写真家の都築響一氏だ。
グルメ雑誌やテレビが報じないだけで、高層ビルが立ち並ぶ新宿区、皇居や国会議事堂がある千代田区にもスナック街はある。しかし、東京では再開発の名の下に、そうした古き良き街並みが消えつつあるのも事実だ。
「今や昭和の香りを漂わせていた駅前飲食街や商店街が次々と壊され、高層複合施設に姿を変えています。どの地域でも同じようなテナントが入るビルが建ち、もはや新宿も錦糸町も北千住も違いがない。立ち退いたスナックのママやマスターは70歳を超えているし、今さら新しい店舗を出そうとは思わない。こうしてスナック街が消滅していくのです」
それを救うことはできないが、「記録することはできる」と都築氏は考え、各地のスナックに飛び込んでは馴染みになり、何度もシャッターを切ってきた。それを一冊の本にまとめた、という訳なのである。
ページをめくってみると、都築氏が23区から切り取った店はどれも個性的で、なるほどそこには“団欒”の光景がある。
とはいえ、スナック慣れしていない人はどうすればいいのか? 都築氏は笑って答えた。
「普通の飲食店とは違う雰囲気に慣れないのでしょう。黙っていても客―ウエイターって関係が成り立つのとは違いますから。だから、人の家だと思ってみればいい。それくらいがちょうどいい。僕だって、初めてのスナックのドア開けるときはいまだに緊張しますしね。
ただスナックでやってはいけないことが一つだけあります。名刺交換です。異業種交流の場じゃないんです。もう何年も一緒に飲む常連の『山ちゃん』のフルネームも職業も知らない。それでいい。店に行けば一緒に飲める仲間がいる。それで十分じゃないですか」
職業も名前も関係のない付き合いができるスナックは、本当の意味での団欒の場所なのだ。
※週刊ポスト2012年2月10日号