【書評】『なぜ人は走るのか ランニングの人類史』/トル・ゴタス著/楡井浩一訳/筑摩書房/2835円(税込)
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なぜ人は走るのか――ノルウェーの民俗学者は、こんな素朴な疑問から出発する。東京マラソンに限らず、ボストンマラソンなど海外の有名な大会でも参加申し込みが殺到するなど、全世界的にマラソンブームが起こっている今日、これは極めて現代的な問いだ。
〈まだランナーに踏み荒らされていない自然環境など、地球上にはほとんど存在しない〉
ちなみに、日本のマラソン人口は今や833万人(笹川スポーツ財団による推計。2010年)。
著者は「世界ランニング史」を完成させるべく、丁寧に「走るという行為」の歴史を紐解いていく。民俗学と文化史を専門とするだけに、考察の対象として取り上げる範囲は広く、切り口は斬新だ。
人類誕生の話に始まり、ギリシャ、ローマ時代はもとより、インカ帝国やアジアまで網羅。著者にとっては、天台宗僧侶の回峰行(7年間にわたって比叡山の山上山下などの路を巡拝する修行)も「マラソン」の範疇らしく、彼らを「マラソン僧侶」と称える。
〈世界屈指の走者たちが持つ、みずからを他者と区別し、偉業を成し遂げたいという人間の欲望を、日本の強靱な“マラソン僧侶”たちも共有している〉
近世ヨーロッパの賭けレースは近代オリンピックへと発展し、50年代にニュージーランドで生まれたジョギング習慣は全世界に広まり、ランニングはビジネスにもなった。そして今、多くの人々が走る喜びに取り憑かれている!
〈多くのランナーは、自分は人よりいい人生を送っているという若干の優越感を覚えている〉
読後、読者もまた、ランニングの歴史を深く知りえたという優越感を覚えてしまうのである。
※SAPIO2012年3月14日号