松田哲夫氏は1947年生まれ。編集者(元筑摩書房専務取締役)。書評家。浅田彰『逃走論』、赤瀬川源平『老人力』などの話題作を編集。1996年に TBS系テレビ『王様のブランチ』本コーナーのコメンテーターになり12年半務めた松田氏が、「使い走りで原稿を取りに行った」という水木しげる氏の想い出を語る。
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世に奇人は山ほどいるが、水木さんをしのぐ奇人はまずいない。漫画界の大長老であり、妖怪研究の大御所でもあるこの人物は、きわめてまっとうなところと常人とは思えないところが渾然一体となって調和している。そういう稀有な存在なのである。
この人には、「ガロ」の使い走りで原稿を受け取りにいった初対面から度肝を抜かれた。当時、「少年マガジン」の「墓場の鬼太郎」の連載も始まり、四十六歳の彼は多忙を極めていた。
水木さんはぼくが挨拶する間もあけず、ググッと身体を前に乗り出して、「頭がカラッポになります」、「いまに倒れますよ」、「えらいですよ。もう殺されますよ」というような言葉を連発してきた。呆然としていると、大声でウワッハッハッと楽天的とも絶望的ともとれる笑い声を発してトイレに姿を消した。
しばらくして、トイレから社会の窓を開けたままで飛び出してきた水木さんは、またもや「倒れます」、「カラッポになる」をくり返し、片手で机の上の消しゴムを取り上げると、やにわに空中に放り上げては受けとめるという動作を繰り返す。
ふと動作が止まったかと思うと、眉間に皺を寄せて「最近、編集者と協調する方針を捨てて、彼らを漫画界の敵とみなす新方針を決めたですよ。『描いてくれ』とか『休ませない』と言う編集者は、ここにある棍棒で殴り殺すことにしたですよ」と言い、机の下を見るとエヘヘヘと笑うのだった。
真意を測りかねてドキドキしたが、何度か通っているうちに、これは水木さん一流のサービスなんだということがわかり、気持ちが落ち着いていった。
※週刊ポスト2012年5月25日号