1960年にテープレコーダー用を開発して以来、数々の「世界初」を造り上げてきたソニーのヘッドホン部門。その歴史には、どんなエピソードが隠されているのか。
1979年の初代『ウォークマン』のヘッドホンのドライバー口径は23ミリメートルだった。1982年に16ミリメートルを達成し、耳穴に挿入するインナーイヤー型ヘッドホンが実現する。パーソナルエンタテインメント事業部1部ヘッドホン技術担当部長の投野耕治氏(54)が語る、当時のエピソードが面白い。
「私の先輩が、とび職の人が耳に十円玉を入れている姿を見て、ああいう風に耳に入れられるヘッドホンを作れたらなと思ったのがきっかけです」
日常の何気ない会話から掴んだヒント。投野はそれをゲーム感覚で実現していく。装着性の向上を図るこだわりは徹底していた。歯科用印象材やシリコンを使い、「耳型」を採取、商品開発に利用した。会う人会う人、つい耳に目がいく。きれいだったり変わった形だったりすると、型を取らせて欲しいと拝み倒す。今やそのサンプル数は500個にも及ぶ。
1999年には初めて密閉式のインナーイヤーヘッドホンを開発し、9ミリメートルにまで小型化されたドライバー。1979年から20年かけて7ミリメートル、計14ミリメートルも小さくなった。
次なる目標は? 上司はさらに7ミリメートルもコンパクトな2ミリメートルに挑戦するか、と半ば冗談混じりにいってきた。さすがの投野も2ミリメートルのドライバーでは、従来と同等の音質を維持するのは困難だと思っていた。
投野が新たな開発を決意したのは2008年のことだった。「バランスド・アーマチュア(BA)型」と呼ばれるタイプで、従来ソニーが採用していた「ダイナミック型」とは構造が全く異なるものだった。
もともと補聴器に用いられていたシステムで、海外のオーディオメーカーがヘッドホンに転用していた新技術。ダイナミック型と比べると解像度に優れ、キメの細かい音を楽しめるといわれるが、最大のメリットは小型化しやすいことだった。
最初の試作品ではBAの構造を十分に理解していなかったため、音すら鳴らなかった。数々のカット&トライを繰り返し、やっと音が出たのが2009年。驚くほど小さい試作品から、驚くほどいい音が再生された。
ドライバーの形状は従来の円盤形から立方体へと変わり、体積は4分の1以下になった。BAユニットを独自で開発できたことで、コストが圧縮。高音から低音まで、音域ごとのBAを開発することが可能になった。商品企画の幅が圧倒的に広がり、好みの音質に最適なBA型ヘッドホンが可能になった。
また、防水機能つきのモデル、回路を内蔵しながらヘッドホンハウジングの中に収納してしまうモデルなど、様々な応用商品の開発も可能になった。
「自社開発を実現したからこそ、商品企画に融通が利く。ソニーならではのBAになる」(投野氏)と、自信を持った。
ソニーは昨年末からこの春にかけて、BAを一気に11機種も登場させた。最高機種には1台に4基のBAを搭載。一躍BAタイプの最多モデルのメーカーになった。
「今後も小型化のチャレンジは続きます。おそらく、今回と同じような困難に直面するでしょう。しかし、経験がきっと乗り越えさせてくれる」(投野氏)
※週刊ポスト2012年9月7日号