鹿児島県・奄美群島に属する徳之島の闘牛は、もともと縄張り意識を持つ農耕用の牛を闘わせる集落行事の一環だったといわれ、約400年の歴史が確認されている。現在、闘牛場の数は8か所。正月、5月、10月に「優勝旗争奪戦」と呼ばれる大きな大会が3回6場所開かれるほか、小さなローカル大会が不定期に開催されている。
現在、約300頭の闘牛がいる島で、牛の世話をしている者が与えられる作業着に身を包んだ子供たちは、学校の中でも一躍人気者になるという。早朝6時。海岸でケンカ牛を散歩させていた15歳の中学生に話を聞いた。
「学校に行く前に餌をやり、学校が終ってから草刈りにも出掛けます。1日3時間は世話をしていますけど、牛が好きなので面倒くさいとは思いません」
そんな無垢な気持ちは大人になっても変わらない。闘牛に参加したい若者は、ケンカ牛を持つ牛主に頼み込み、自発的に牛舎へ通う。毎日の給餌や牛舎の清掃など雑務は尽きないが、世話を手伝う若者にアルバイト料が出るわけではない。
「牛は家族です。僕の牛は子供と誕生日が一緒。でも子供より牛と一緒にいる時間の方が長いかもしれないな」
牛削蹄師の福岡邦治さん(33)はこう笑った。中学時代から牛の世話を始め、5年前に念願の自分の牛「園田龍剣」を手に入れた園田進也さん(26)も、牛への深い愛着を噛みしめている。
「毎日、仕事を終えた後に牛小屋に来て世話をします。草を食べているところを眺めながら、発泡酒を飲むのは本当に楽しいんです」
島民のケンカ牛に対する思いは、その名にも表われている。ケンカ牛には昔から「山田牛」「実熊牛」など、一家の名前が当てられている場合が多い。「ミニ軽量級(780キロ以下)」「軽量級(850キロ以下)」「中量級(950キロ以下)」「全島一(無差別級)」と体重別に区分けされた階級の中で、下位の若手花形から始まり、小結、関脇、大関、横綱と番付は上がっていく。現在、島で最強の称号「全島一横綱(無差別級横綱)」を持つ牛の名は「基山大宝(もとやまたいほう)」。文字通り、基山家の宝であると同時に、徳之島の誇りでもあるのだ。
闘牛は沖縄や愛媛、新潟など全国6県で開催されているが、徳之島の闘牛は“自尊自立”。
「宇和島の闘牛には1000万単位で補助金が投入されたこともありますが、徳之島では年間15万円程度の補助金しか出ていません。大会の運営はすべて入場料で賄われます」(徳之島町役場企画課・遠藤智さん)
人口流出による、崩壊が叫ばれる日本の地方自治。その再生の鍵は、荒ぶるケンカ牛に血潮をたぎらせる、この島の若者の瞳の中に隠されているのかもれない──。
撮影■横田徹
※週刊ポスト2012年11月23日号