ベストセラー『がんばらない』の著者で諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏は、チェルノブイリの子供たちへの医療支援などに取り組むとともに、震災後は被災地をサポートする活動を行っている。そんな鎌田氏が、老老介護をしている奇跡の94歳を紹介する。
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82歳の奥さんの介護をしている94歳のおじいちゃんがいる。男性らしい力強い介護で、気合が入っている。
「まず朝ごはんを食べさせて、ここにやってきました。ここでカマタ先生の話を聞いて、キノコ汁を食べて元気をつけて、また家に帰って、奥さんにプリンを食べさせなきゃ」と張り切っている。僕から見ると、まさに奇跡の94歳だ。
おじいちゃんが倒れないように、奥さんの介護計画が作られている。週に1回はデイサービスを利用する。奥さんをデイサービスに預けている間に、おじいちゃんの1週間分の疲れをとれるようにとの配慮がある。
おじいちゃんはこの日に、仲間とゲートボールをして、日帰り温泉に行く。見事に自分のリラックス時間を作り出しているのだ。
介護をしている人は、こういう大事な1日を、日ごろの疲労蓄積のためについつい、家に閉じこもって過ごしてしまいがちだ。ところが、それだとかえって気持ちがうつうつとなってしまう。昼寝を取り入れながら体を休める。しかし、けっして閉じこもらないほうがいい。
日帰り温泉に行くのは、すごくいい。副交感神経を刺激するからだ。介護をしていると、交感神経が強く働き、イライラし、血管を収縮させ、循環が悪くなる。そして、血圧が上がる。介護している人が脳卒中になりやすいのも、これが原因だ。
だからときどき、副交感神経が働く時間が必要になってくる。副交感神経が働くと血管が拡張し、血圧が下がって、免疫機能が上がり、リンパ球も増えるから、風邪をひかなくなるのである。副交感神経を有効に刺激するのは、少しぬるめのお風呂に入るのが、もっとも簡単で有効な手段である。
この94歳、なかなかの強者だ。ゲートボールは、人間の闘うという本能を刺激する。試合で「よし勝ってやろう」というファイティングスピリットが、人間を若々しく保ってくれる。アドレナリンをバーンと分泌することは大事だ。
もしかすると、奥さんの介護があるから、おじいちゃんは元気でいられるのかもしれない。なんと、ひと晩に3回も奥さんを抱えてトイレに連れていくのだという。頭が下がる。
僕たちができることは、おじいちゃんが倒れないようにすること。ケアマネージャーや地域の人々、施設の関係者が、つねに細かく心配りをしている。おじいちゃんに疲れの気配が見えると、すぐにおばあちゃんを2週間ほどショートステイで預かる。こうやって周囲の人々と連携しながら、94歳の介護は、11年もの間続いている。
※週刊ポスト2012年12月7日号