ベストセラー『がんばらない』の著者で諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏は、チェルノブイリの子供たちへの医療支援などに取り組むとともに、震災後は被災地をサポートする活動を行っている。その鎌田氏が、訪れたタンザニアで見たマサイ族の生活について述べる。
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マサイ族は定住しないが、家は作る。牛ふんで女たちが巧みに作り上げており、僕は、ますますマサイ族に興味を抱いて、彼らの村を訪ねた。
まずやらなければいけないことは、長老に挨拶することだった。挨拶しなければ、写真を撮ることも、話を聞くこともできない。長老に挨拶をすませると、今度は村の人が、マサイの有名なジャンプダンスで歓迎してくれた。
僕は昨年3月の骨折以来、無理な運動はしていないが、ジャンプダンスで歓迎されたら、応じなければならない。久しぶりに僕もジャンプしたら、足がつりそうになった。男たちのジャンプは実に高く、とても太刀打ちできなかった。
家の中にも案内された。マサイの主食は、牛とその血、そして牛乳だ。それ以外のものは、トウモロコシのおかゆくらいだという。農業をしない遊牧の部族だから、農作物はほとんど口にしない。僕の目の前で、牛を解体した。「血を飲むか」とすすめられたが、さすがにそれは断った。
われわれホモ・サピエンスは、1万年前、農業を開始した。農業を介して、食べ物を備蓄できるようになり、生活のレベルは格段に上がった。それと共にコミュニティーに格差が生じていき、さらに工業化が進んでますます格差は広がった。ホモ・サピエンスの“より豊かに生きたい”と願う宿命はこうして生まれたのだ。
しかし、農業の開始は同時に負の側面もわれわれにもたらした。それを拒絶するかのように、マサイは農業を否定し、遊牧にこだわっている。牛が食べる草が少なくなると、長老の命令で新しい土地に移っていく。
※週刊ポスト2013年2月15・22日号