今年もプロ野球キャンプは真っ盛り、連日各地から球春を告げるニュースが伝えられている。開幕前の大事な1か月間。
しかし血気盛んな若い選手たちが集まれば、色々な“事件”が起きるのは当然だ。半世紀にわたるキャンプの歴史の中で、いまだ語り継がれる秘話を公開する。
1970年代に無敵を誇っていた阪急ブレーブスは、高知でキャンプを張っていた。
「キャンプインから第2クールまでは、体作りに集中して誰も外出しない。でもその反動か、それ以降は歯止めが利かなくなる」
OBの一人が笑う。それもそのはず、当時のチームには今井雄太郎、佐藤義則といった酒豪が揃っていた。エース・山田久志を筆頭に、市内の歓楽街・帯屋町で飲み明かし、その後は市内の屋台で締めるのがナインの流儀。酔っぱらいすぎて選手が店に立ち、ラーメンの湯切りをするシーンも何度も見られたという。
中でも逸話が残っているのが、やはり“酒仙投手”今井である。
「酔っ払って、深夜に宿舎に帰ってきた今井が、部屋の階を間違えた。その部屋は悪いことに上田利治監督の部屋で、夜中に監督を叩き起こして大騒動になったこともあった」(元担当記者)
ただ、これには後日談がある。上田監督はこれを咎めることなく、「成績が下がったら部屋を変えるぞ」といって、今井に入り口近くの部屋を用意した。理由は、飲んでも遊んでもやる時はやるというのが当時の選手たちだったからだ。
「今井や佐藤などは、1日に400球から500球投げてましたからね。今は肩は消耗品というメジャーの考え方が主流ですが、当時は飲んだ分猛練習をこなしていた」(同前)
※週刊ポスト2013年3月1日号