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アカデミー賞受賞『シュガーマン 奇跡に愛された男』映画評

 田沼雄一氏は映画評論家。主な著書に『映画を旅する』『野球映画超シュミ的コーサツ』などがある。その田沼氏が、今回は『シュガーマン 奇跡に愛された男』をレビューする。

 * * *
 銃社会を告発した『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)をきっかけに、アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞受賞作が日本でも興行的に成功を収めるようになった。動物保護『皇帝ペンギン』(2005年)、環境問題『不都合な真実』(2006年)、イルカ問題『ザ・コーヴ』(2009年)など記憶に新しい。そして今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞に輝いたのがこの映画。いま最も〈旬な映画〉と言える。

 1968年、米・ミシガン州デトロイトの場末のバーで自作のプロテストソングを唄っていた男がメジャーデビューを果たす。ベトナム戦争、ドラッグ、ヒッピー、ロック……病めるアメリカの時代だった。そんな中、男のデビューアルバムは話題にならず大失敗に終わる。このあたりのエピソードだけでも充分に面白いのだが、この映画の魅力は〈後日談〉にある。

 男の名前はロドリゲス。ラテン系アメリカ人。失礼だが、この映画で初めて知った名前だ。劇中に流れる彼の歌はどこかボブ・ディラン風。60年代末によくあったパターン。話題にならず消えたのも分かる。映画で初めて聴いた楽曲だが、妙に懐かしい感じがした。

 ロドリゲス本人が画面に登場してくる中盤あたりから、やたら面白くなる。社会の底辺で生きる男の魂を唄った〈シュガーマン〉が反アパルトヘイトを支えるプロテストソングとして南アフリカで大ヒット、ついには南アで大規模なライブが行なわれる。

 当時ロドリゲスの友人が撮影したプライベート・フィルムによるライブ映像が白眉。大きな会場を埋めつくし熱狂する人たちの前にロドリゲスがギターを抱えて登場するくだりはちょっとイイ。アメリカで消えて、南アに甦った男の不思議な人生。なにやら60年代末のアメリカン・ニューシネマ風の結末が印象的。

※週刊ポスト2013年3月29日号

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