国内

歌舞伎町撮り続ける写真家「ヤクザに隠し撮りがバレた時は」

眠らない街・歌舞伎町で眠る若者

 長年にわたって新宿・歌舞伎町を撮り続けてきたフォトジャーナリスト・梅崎良さんが、その想いを込めたドキュメンタリー「新宿歌舞伎町滅亡記」(左右社)を出した。梅崎さんの歌舞伎町への想いを聞きながら、週末の歌舞伎町の夜を過ごした。(取材・文=フリーライター・神田憲行)

 * * *
 梅崎さんが歌舞伎町を撮るきっかけは、1999年6月、終電を逃して町でひと晩過ごす羽目になったからだった。本に紹介されている「所持金500円しかないのに、ナンパしまくる男」がいた。

「俺が知っている日本人とは違う人たちがここにいたんだよね。こいつらなんなんだろうって思った」

 それまで中国の天安門事件、雲仙普賢岳の取材をしてきた。雲仙普賢岳では立ち入り禁止区域の向こう側で撮影をして、警察から事情聴取のため出頭を命じられたこともある。

「禁止されたからと言って誰も報道しないのはおかしい。火山を知りたくて禁止区域の向こう側に入ったし、人間を知りたくて歌舞伎町に通った」

 多いときには毎晩8時に歌舞伎町に“出勤”して街をぶらつき、始発で帰宅していたという。とある土曜日の夜、そのころと同じように梅崎さんと歌舞伎町で待ち合わせた。梅崎さんは歌舞伎町に現れると、だいたい30分かけて街をうろつき、ちょっと休憩したり友人たちと談笑して時間をつぶし、また30分かけて歩くということを朝まで繰り返すという。

「なにも起きないときは交番の前でずっと張って、走り出ていく警官のあとを追いかけたりした。赤色灯(パトカー)が一台走り出すと、その日は何台も走ることになる。そこが不思議なところ」

 眠くなるとどこからか段ボールを拾ってきて、ホームレスの知人たちと一緒に横になる。あるとき、そうやって寝ている梅崎さんの胸ポケットの財布にそろーと伸びてくる手があった。気づいてパッと払いのけると、ニヤーと笑う顔見知りのホームレスのお婆さんがいたという。私と風林会館で待ち合わせたとき、「まだあの婆さんがいたよ」と嬉しそうだ。

「そういうとき怒ったりしないんですか」

「しょうがないじゃん、生きていくためだもん」

「新宿歌舞伎町滅亡記」を読むと、ホームレスや犯罪スレスレの行為をして毎日をしのいでいる梅崎さんの「友人」たちがたくさん出てくる。大事にしていたテントを売り飛ばされたりもしている。それをこの人は「しょうがない」であっさりと、許してしまうのだった。

 一緒に風林会館前を歩いてると、スーツにアタッシュケース姿の紳士然とした初老の男性とすれ違った。「これはこれは、久しぶりですね」と、にこやかな笑顔で梅崎さんと握手して足早に去って行く。

「フリーのキャッチの人。良い人なんで、かなりお客さん持っているみたい」

 歌舞伎町交番裏の広場で腰を落ち着けて休んでいると、ジャージを着た60年配の男性2人組が「おっカメラマンじゃないか。久しぶりだな」と梅崎さんに寄ってきた。

「カメラマン、煙草くれよ」

「お前ダメだよいきなり人にモノをねだっちゃ」

「いいんだよコイツと俺は同郷なんだよ。なっ」

「最近はこの街もパンスケも少なくなったなあ」と、梅崎さんからもった煙草を美味そうにふかす。元ヤクザの人たちとか。

 梅崎さんは喧嘩やヤクザも隠し撮りでたくさんとった。「2と15分の1の街だから」と形容する。28ミリのレンズで焦点距離f2、シャッタースピード1/15にすればたいていのものは撮れたという。ストラップをピンと伸ばしてカメラを固定し、カメラの下につけたモータードライブ側のシャッターボタンで速射する。それでも1度、「偉いヤクザの人」に隠し撮りが見つかった。

「『あ、見つけちゃった、初めてだよ隠し撮り見つけたよ』って笑いながら近づいてきて、『ヤクザ専門じゃないんだろ? じゃ今日はこのへんにしときな』って、なんにもなかったけどね」

「歌舞伎町で1番安い」という自動販売機で50円の激安の缶コーヒーを買い、梅崎さんの好きなところに連れて行ってもらったら、靖国通り沿いの地下鉄入り口だった。その裏の段になっているところに腰掛ける。

「ここ、幅があって寝ることも出来て便利なんだな」

 座って話し込んでいるといろんなグループが行き交うのがわかる。SMの奴隷みたいな衣装を着た男性、露出の激しい外国人女性のコンビ、サラリーマンとチーマーみたいな組み合わせのグループ。誰も私たちに注意を向けることなく、夜の底に沈んでいくようだ。

「あ、キンキンが来たよ」

 向こうからホームレスとの男性がやってきて、甲高い声で梅崎さんと話をして去って行く。

「キンキン声で話すから、キンキン」

 梅崎さんといると、本当にいろんな人が向こうからやってくる。午前2時を回り、私服に着替えて帰宅するホステスたちのホットパンツから伸びた白い脚が夜に明るい。歌舞伎町はコマ劇場を取り壊して再開発が進み、大きく変わったと梅崎さんはいう。友人のホームレスの多くも、支援施設に入って四散してしまった。かつてのように夢中に撮ることはもうない。

「もう、ここは人が通り過ぎるだけの街になっちゃったからね。歌舞伎町の取材でわかったのは、人間は環境次第で善人にも盗人にもなることだ」

【写真】梅崎良

関連記事

トピックス

NHK中川安奈アナウンサー(本人のインスタグラムより)
《広島局に突如登場》“けしからんインスタ”の中川安奈アナ、写真投稿に異変 社員からは「どうしたの?」の声
NEWSポストセブン
カラオケ大会を開催した中条きよし・維新参院議員
中条きよし・維新参院議員 芸能活動引退のはずが「カラオケ大会」で“おひねり営業”の現場
NEWSポストセブン
コーチェラの出演を終え、「すごく刺激なりました。最高でした!」とコメントした平野
コーチェラ出演のNumber_i、現地音楽関係者は驚きの称賛で「世界進出は思ったより早く進む」の声 ロスの空港では大勢のファンに神対応も
女性セブン
文房具店「Paper Plant」内で取材を受けてくれたフリーディアさん
《タレント・元こずえ鈴が華麗なる転身》LA在住「ドジャー・スタジアム」近隣でショップ経営「大谷選手の入団後はお客さんがたくさん来るようになりました」
NEWSポストセブン
元通訳の水谷氏には追起訴の可能性も出てきた
【明らかになった水原一平容疑者の手口】大谷翔平の口座を第三者の目が及ばないように工作か 仲介した仕事でのピンハネ疑惑も
女性セブン
襲撃翌日には、大分で参院補選の応援演説に立った(時事通信フォト)
「犯人は黙秘」「動機は不明」の岸田首相襲撃テロから1年 各県警に「専門部署」新設、警備強化で「選挙演説のスキ」は埋められるのか
NEWSポストセブン
歌う中森明菜
《独占告白》中森明菜と“36年絶縁”の実兄が語る「家族断絶」とエール、「いまこそ伝えたいことが山ほどある」
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
5月31日付でJTマーヴェラスから退部となった吉原知子監督(時事通信フォト)
《女子バレー元日本代表主将が電撃退部の真相》「Vリーグ優勝5回」の功労者が「監督クビ」の背景と今後の去就
NEWSポストセブン