人間と同様、魚にもニックネームがついている。うんちくが深い魚のニックネームについて、釣り関連の著書を多く執筆・編集している高木道郎氏が解説する。
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釣り人は魚にニックネームを付けるのが好きである。「磯の王者」はイシダイ、「磯の女王」はマダイ、「磯の帝王」はクエ、「磯のスプリンター」はヒラマサのことである。
クロダイは鎧を連想させるいぶし銀の鱗から「磯の荒武者」か「野武士」、「古武士」、白銀色のカイズクラスは「磯の若武者」となる。尾長(クロメジナ)は「黒潮の寵児」、口太はサファイアブルーの目から「磯の至宝」などと呼ばれたりする。エサ取り上手なカワハギは「エサ盗人」、「エサ取り名人」と微妙な扱いだ。
コンテストを行なったわけでもないだろうが、「砂浜の女王」といえばシロギスのこと。その体色から「パールピンクの女王」とも呼ばれる。
シロギスは北海道南部以南の沿岸部に広く分布、内湾や内海などの汽水域を中心とした砂底に生息する。冬は深場で越冬するが、産卵期を迎える初夏になると浅場へ移動し、投げ釣りでも十分狙えるようになる。種子島以南の南日本や台湾や東南アジアにはホシギス、沖縄県以南の南日本から東南アジアにはモトギスという種類も生息しているが、日本本土にはいない。
ただ、昔は関東以西の汽水域には40センチにもなるアオギスが生息していた。漁師が江戸時代からシロギスを海キス、アオギスを河キスと呼んで区別するほど数いたらしい。東京湾では遠浅の海に釣り人が座る脚立を置き、警戒心の強いアオギスを狙う脚立釣りという釣り方もあった。
昭和30年、1955年頃まで盛んに行なわれていた釣りだが、高度成長による東京湾の埋め立てで生息場所を奪われ、1976年の記録を最後に東京湾から姿を消し、東京湾のアオギスと脚立釣りは幻となってしまった。私たちは豊かさと引き替えに多くを失ったが、今は「砂浜の女王」が日本の海岸に君臨し続けることを願うばかりである。
■高木道郎(たかぎ・みちろう)/1953年生まれ。フリーライターとして、釣り雑誌や単行本などの出版に携わる。北海道から沖縄、海外へも釣行。主な著書に『防波堤釣り入門』(池田書店)、『磯釣りをはじめよう』(山海堂)、『高木道郎のウキフカセ釣り入門』(主婦と生活社)など多数。
※週刊ポスト2013年6月7日号