ソニー関係者はこう呟く。
「今年は荒れそうだ。彼らの言い分は痛い所を突いているだけに、こちらの対応も慎重にならざるを得ない。エンタメ部門の分社化要求に対して、こちらが説得力のある反論を何もできなかった場合、ソニー解体論まで噴出しかねませんから」
6月20日、東京のグランドプリンス新高輪で開かれるソニー株主総会──。ソニー幹部らが杞憂するのは米ファンド、サード・ポイントの存在である。
5月14日、ソニー株の6.5%を保有する大口株主であるサード・ポイントは、CEOのダニエル・ローブ氏自ら、ソニーに来社し、平井一夫社長に、「映画・音楽事業の分離と上場」を提案した。同ファンドの主張は、ソニーの音楽・映像を始めとするエンタメ部門は収益をあげているのに、エレクトロニクス部門に足を引っ張られ、ソニーの株価が著しく損なわれている──というものである。
実際、ソニーの2013年3月期の営業利益2300億円のうち、近年、『スパイダーマン』や『007』シリーズなどが大ヒットを飛ばしているソニー・ピクチャーズを主とするエンタメ事業の営業利益は計850億円。一方テレビやスマホを核としたエレクトロニクス事業は計1810億円の赤字を計上している。
日本での外国人投資家の積極的な動きは個人株主や経営者のアレルギー反応を生み、これまで失敗に終わることが多かった。だが、サード・ポイントが過去のハゲタカファンドと大きく異なるのが、日本社会への“周到な根回し”である。
ローブ氏が分社化案を提案するため平井社長と面会した前日の5月13日。ローブ氏は首相官邸にほど近いホテルの一室に入った。そこで相対したのが安倍政権の大番頭とも称される内閣官房長官・菅義偉氏であるしかし、なぜ米ファンドの代表が政権の要に接触を諮ったのか。
ローブ氏にとって最大のキーパーソンこそ、菅氏であった。5月13日、顔を合わせるなり「アベノミクスの成功を投資家の1人として喜んでいます」と、安倍政権を持ち上げたローブ氏は、「ソニーこそ日本人が誇るべき財産であり、日本人のイノベーションの代名詞でもあった」と美辞麗句を並べた。サード・ポイント関係者が明かす。
「ローブ氏はソニーの隠された宝こそがエンターテインメント事業であり、それを分社化して株式上場することがソニーにとっても、日本の経済のためにも必要と思っていると強調しました。また、今回の件はあくまで投資であり、ソニーを解体するような要求をするものではない、と繰り返し語ったようです」
弁護士を同伴して現われたローブ氏は通訳を通じ、アベノミクスを言葉を尽くして誉め称えながら、菅氏の反応を探った。一方、財務省から来ている秘書官を控えさせていた菅氏は、ローブ氏の話に耳を傾け、こう返事をしたという。
「話はわかりました。民間企業のことに政府が介入するようなことはありません」
ローブ氏が絶賛したアベノミクスに触れながら菅氏は率直過ぎるほどに語った。
「安倍政権の命運は成長戦略にかかっています。けれども、今すぐ効果的な成長戦略を持っているわけではない。最も効果的な成長戦略は海外からの投資だと考えている。だから、海外から投資をしてくれることは歓迎します。ただ、日本人の雇用を奪うようなことはしてもらっては困ります」
実効性、即効性のある成長戦略はない──と菅氏ははっきり認め、その上で海外からの投資についてそれこそが最も効果的な成長戦略であると語ったのだ。いわばローブ氏に“お墨付き”を与えたのであった。
※週刊ポスト2013年6月21日号