定時制高校軟式野球部で活躍する83歳の女性部員のニュースが話題を呼んだ。彼女はなぜ野球部に誘われたのか。どんな役割を果たしてきたのか。彼女の存在を通じて、定時制高校の現況について考えてみた。(取材・文=フリーライター・神田憲行)
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この女性は神奈川県川崎市立高津高校定時制4年の上中別府チエさん(83歳)。昨年10月に野球部に入部し、ユニフォームを着てベンチ入り。試合でも実際に外野を守って「3年寿命が縮んだ」と笑わせ、高校定時制通信制軟式野球の神奈川県大会決勝では伝令に走る活躍ぶりをみせた。
私がこの記事で興味を持ったのは、チエさんの担任で野球部監督の中島克己さん(45)が「チエさんを誘った」とあったことである。なぜ83歳のお婆さんを、わざわざ野球部に誘ったのか。同校で中島さんに話を聞いた。
チエさんはもともとクラスで人気者だった。定時制には「やんちゃ」な生徒が多い。机の上に座って中島さんが「降りろ」と注意しても無視をする。しかしチエさんか黙ってその生徒の裾を引っ張ると、大人しく降りる。
あるとき体育祭の種目決めがあった。楽な玉入れ競争に人気が集まり、チエさんがジャンケンで負けて選手に入れないと、クラスで1番やんちゃな生徒が口を開いた。
「おい、チエさんは永久シードだろうが」
他の生徒も「そうだよな」と納得してチエさんの選手入りが決まった。
「教室でもチエさんを囲んで普通に生徒が話をしています。無口な生徒もチエさんから『おはよう』と言われると『おはよう』と言う。またチエさんもわざと大きな声で生徒に話しかけてくれる。そんな光景を見ていて、チエさんが野球部に来てくれたらもっと生徒たちの環境が良くなるんではないかと考えて、誘ったんです」(中島さん)
チエさんに軽くノックすると、「監督、球が強すぎるよ」「ひでえよ」と選手たちから“抗議”されたと、中島さんは嬉しそうに笑う。チエさんを中心にして出来た部員たちとの「絆」、それが中島さんが求めていたものだった。
なぜ「絆」が必要なのか、それは定時制高校が置かれた状況に関係する。かつて定時制高校といえば、勤労青年たちが働きながら学ぶ場所だった。しかし現在はほとんどの生徒は定職をもっておらず、アルバイト生活だという。
「今の定時制は、ここにしか行くところが無かったという生徒が来ています。全日制の入試に失敗して私立に行く経済的余裕がなかったり、中学時代に不登校だったり。全日制の学校を退学になってくる生徒もいます」(同校教頭の綱川満広さん)
入学しても、厳しい家庭環境や経済的理由で学校に来なくなる生徒も多い。毎年だいたい3割から4割の生徒が退学していくという。だから定時制の先生は来なくなった生徒の家まで訪ねて、学校に来るように説得する。綱川さんは「ある生徒から『定時制の先生は諦めが悪い』と言われました。私はこれを褒め言葉だと思っている」という。
どんな理由であっても、なにがきっかけでもいいから学校に来てほしい。それで中島さんは部活動の利用を考えついた。中島さんは5年前まで小学校の先生だったが、年齢が上がるにつれ生徒と向き合う時間より学校事務の仕事が増え、物足りなさを感じていた。全力で生徒の成長と向き合える仕事がしたいと、40歳を機に定時制高校の教諭に“転職”した。かつて高校球児のキャリアを生かして野球部監督に就任、初めて部活動に顔を出したときのことを覚えている。
「部員が2人しか来ないんですよ(笑)しょうがないから3人でキャッチボールしました。次の日が5人で、サッカーをしました」
グラブなど道具を持っていない生徒には先生たちがお金を出し合い購入し、生徒に貸与した。多摩川の河川敷で捨てられた軟式ボールを拾ってきて練習球にした。それでも練習試合に来ない生徒がいる。問い詰めると「電車賃がないんです」。だから遠方の練習試合があるときは2、3ヶ月前に予告しておく。生徒は試合に備えて必死にバイトするようになった。生徒に部活動を楽しんで貰うため、毎週1回手作りで「高定スポーツ」という野球部新聞も発行した。
「アルバイトに応募しても定時制という理由で断られる生徒がいます。また稼いでも家にお金を入れて、自分に使えない子もいる。修学旅行で3日前に服を現地に送ろうとしたら、着るものがなくなると言った女子生徒もいます」(中島さん)
定時制では授業の前に「給食」が出る。市の補助もあって生徒の負担は一食160円ほどだが、それも食べられない生徒がいた。そんな生徒の助けになったのが、チエさんが自ら焼いて差し入れてくれるパンだったという。
「腹ぺこで練習したあとに、チエさんのパンで腹一杯にして帰るのが野球部です」(中島さん)
5年前は2人しか来なかった野球部員は現在16人。授業のある日は毎日夜9時から1時間ほど練習。さらに土日、夏休みも練習し、県大会決勝に3年連続出場という“強豪”に育て上げた。決勝で敗れて、グラウンドに泣き崩れる髪を金色に染めた選手をチエさんが励ます光景があった。
「勝つのが1番なんですが、負けて悔し泣きするくらい野球に打ち込ませるのが目標でした」(中島さん)
「この学校しか行くところがなかった生徒たちが、ここで自信を取り戻して社会に旅立つようにしたい。チエさんは、私たち教師が知らない生徒の良いところをいっぱい見せてくれました」(綱川さん)
7月から甲子園を目指して全国各地で高校野球の地方大会が始まる。「教育の一貫としての野球」が高野連が掲げるスローガンだ。定時制軟式野球部は高野連傘下ではないが、私はここにも、「教育としての野球」があると思う。
最上級学年のチエさんはこの夏で引退、来年3月に卒業予定だが、
「留年は嫌だけれど、5年生もあればいいのに」
と笑っているという。