【見出し】『国家はなぜ衰退するのか(上・下)』ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン著/鬼澤忍訳/早川書房/各2520円
【評者】山内昌之(明治大学特任教授)
大統領が監禁されたエジプトの国民の平均収入は、アメリカ人の平均の12パーセントくらいで、予想される寿命は10年も短い。人口の20パーセントは極度の貧困にあえいでいる。モルシ大統領はこの現実になすすべもなく退場してしまった。この経済格差の理由は過去200年の間に生じたのだ。
本書は、何故に繁栄する国家と、貧しい破綻国家があるのかを簡潔な理論で説明しようとした。まず、政治と経済の収奪的制度と包括的制度を区別する。次いで、世界の或る地域で包括的制度が生まれ、他の地域で生まれないのは何故かを問うのである。
包括的制度とは、所有権を強化し、平等な機会を創出して、新たなテクノロジーとスキルへの投資を促す制度のことである。これは収奪的制度よりも経済成長につながりやすいのだ。もちろん、スターリンのソビエト国家のように、経済成長を遂げる収奪的制度もある。最低限の中央集権化を実現すればある程度の成長も可能になる。
サミュエルソンの経済学教科書は、ソ連がアメリカの国民所得を上回る可能性を改訂版のたびに繰り返していた。この予測は当たらなかった。それは、収奪的制度のもとでは成長が持続しないことを無視していたからである。どの国でも、持続的経済成長にはイノヴェーションが必要で、それは創造的破壊と切り離せない。理解のカギは歴史にあるというのだ。
ペルーが貧困にあえいでいるのは、地理や文化のせいでなく、制度のせいなのである。500年前に栄えたインカ帝国は、北米に点在した小さな政治組織体よりも高度な技術をもち、政治的中央集権化が進んでいた。それなのに貧しくなったのは、征服という決定的な岐路における重要な制度的発展の偶然の帰結による。
北米のミシシッピがいまのペルーのようになり、ペルーが現在の合衆国になり、日本のように植民地化に屈しなかった可能性もあるといった大胆な歴史理解はすこぶる魅力にあふれている。
※週刊ポスト2013年8月16・23日号