ビジネス

「消費増税は中間層を貧困にする愚策」と気鋭の女性経済学者

「消費税はいびつで不公平な制度」と岩本沙弓さん

 来年4月に予定されている消費税増税だが、安倍総理は有識者会合を呼び掛けるなど税率アップの最終判断を下していない。側近の経済ブレーンから増税に慎重論が出るなど、その是非については政府の腹も決まっていない状況だ。

「そもそも消費税はスタートしたときから、いびつな制度である実態すら国民が知らないままで、ひたすら増税ありきでいいのでしょうか」と、税制そのものの欠陥を指摘するのは、国際金融市場に精通する大阪経済大学客員教授の岩本沙弓氏。そのカラクリについて解説してもらった。

 * * *
 消費税を引き上げるかどうかは、いずれ閣僚会議で決定されますが、私は消費税制そのものに反対の立場を取っています。

 それは最終消費者から税金を徴収するのが悪いとか、税金を払いたくないから言っているのではありません。税制度としていびつで不公平なまま、導入したり引き上げをしたりするのがそもそもおかしいと考えているのです。

 たとえば、お医者さんの場合、診療報酬は非課税で患者さんからは消費税をとりません。でも、白衣や脱脂綿、薬などはお医者さん側が消費税分を負担しています。診療に必要なものだから当然だろうと思われるかもしれませんが、その一方で支払った消費税が戻ってくる業界もあるのです。業界によって差があるのは税制として果たして中立と言えるのか。

 輸出企業には支払ったとされる消費税は還付金として戻すという仕組みになっています。どういうことか説明しましょう。

 消費税はその商品が消費される国で課税する、というのがGATT(関税および貿易に関する一般協定)の原則です。日本の輸出企業が完成品をフランスに輸出すれば、フランスで付加価値税(消費税に相当)19.6%が課税されます。

 日本の輸出企業はフランス向けの製品を仕上げるために日本国内の下請け業者から部品を調達しています。その際には、国内の下請け企業に対して、製品の価格+消費税を支払っていますので、GATTの原則に則れば、国内で支払った消費税はゼロになるよう調整されます。それが輸出還付金となります。

 輸出還付金の総額は、2012年度の予算で試算すると約2兆5000億円。その半分は輸出企業の上位20社に渡っています。消費税の歳入は年間10兆円なので、およそ4分の1に相当する金額が大企業に還付されています。還付金は消費税率を上限として渡されますので、消費税が5%から10%となれば単純計算ではありますが、5兆円が輸出企業に渡されることになります。

 問題は果たして輸出企業が下請け企業にきちんと消費税を支払っているのかという点です。

 本来、下請け企業にしてみれば100円で売らなければ採算が取れないものを80円に値切られてしまえば、輸出企業は80円プラス消費税5%を払うだけです。輸出企業は20円得したうえに5%の還付金まで戻ってくるわけです。一方、下請け企業は20円分の収益がなくなってしまいますので、大変苦しい状況に変わりはありません。

 このように消費税は価格に埋もれてしまうという特徴があります。会計処理上問題はなくても、大手が中小・零細企業に納入品価格の値下げの要求をする「買い叩き」の実態やお金の流れそのものに着目する必要があるのではないでしょうか。

 今年5月に「消費税還元セール禁止法案」が通り、大手小売業が反対したのは記憶に新しいでしょう。一見すると消費増税分を値上げしないとする小売業の姿勢は庶民の味方のように思えますが、むしろ消費税分の値上げをしなかったしわ寄せは、大手小売り業者に製品を納入する下請け業者へといき、製品そのものの買い叩きにつながる。

 つまり、大手企業による中小零細企業への製品そのものの値切り、買い叩きは恒常的に存在していることを政府ですら認めたという何よりの証拠でしょう。そうでなければわざわざ法案まで通す必要はありません。

 消費税を導入してから20年あまり、この間政府の税収は一向に増えていないにもかかわらず、そして今後消費税を増税しても税収が増加するのか疑問視されている中で、輸出企業への還付金だけは確実に増えるというおかしな状況となります。

 一握りの大企業が儲かれば、ひいては日本の経済をよくして国民全体の生活も次第に豊かになると信じている人もいるかもしれません。かつてはそうした時代がありましたが、グローバル化が進む状況では、なかなかそうはいかないというのは、景気が上向いても給与がひたすら下がった2000年代で我々は既に経験済みです。

 いま実体経済の回復がまだまだ伴っていない状態で消費税を引き上げれば、1%のグローバル大企業と残り99%の庶民の格差は広がるばかりです。

 消費税の計算の仕方は、(売上高―経費)×税率5%となっています。つまり、経費の金額が大きくなればなるほど、納税額は少なくなります。ここで重要なのは、経費の部分に非正規雇用の人たちの給与を入れることができる点です。人件費を安くできるうえ、節税にもなるため、非正規労働者がさらに増えやすいということになります。

 非正規が全労働者の約4割も占める状況が問題となっている現状で、消費税がさらに上がれば、これまで年収400~600万円で雇われていた中間層の正社員が非正規社員になる割合が増え、賃金ベースも落ちていくのではないかと危惧しています。

 最高益を上げている日本の輸出企業でも、日本にほとんど投資をしないし賃金も上げない。円安効果は「まだ分かりません」と国内に利益を還元しようとしない状況です。

 給与が上がらないまま円安がさらに進めば、ジワジワと生活へのプレッシャーがかかってくるのは当然です。すでに、ガソリン価格の上昇とそれにつられてモノの値段が次々と上がっていることで、そのことを実感している人は多いでしょう。

 景気が立ち上がらないままインフレになることは「スタグフレーション」とされますが、それにさらに中間層が疲弊して貧困化する現象は「スクリューフレーション」と称されます。そんな状況に追い込まれる中、わざわざ消費意欲をさらに減退させ経済活動の足を引っ張ることになる後ろ向きの消費増税が必要なのでしょうか?

 一方的に徴収されるばかりで、消費税の使い道は不公平。しかも、消費税だけでは財政も改善しないことは、過去20年の歴史が物語っています。ならば、もう少し内需拡大を促す税制度そのものの在り方を、いま一度議論し直すことが必要だと思います。

【岩本沙弓/いわもと・さゆみ】
経済評論家、金融コンサルタント。1991年から日米豪加の金融機関でヴァイスプレジデントとして外国為替、短期金融市場取引業務に従事。現在、金融関連の執筆、講演活動を行うほか、大阪経済大学経営学部客員教授なども務める。近著に『バブルの死角 日本人が損するカラクリ』(集英社新書)などがある。http://www.sayumi-iwamoto.com/

関連キーワード

トピックス

《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
女性セブン
水原一平氏と大谷翔平(時事通信フォト)
「学歴詐称」疑惑、「怪しげな副業」情報も浮上…違法賭博の水原一平氏“ウソと流浪の経歴” 現在は「妻と一緒に姿を消した」
女性セブン
『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた松本典子(左・オフィシャルHPより)、志村けん(右・時事通信フォト)
《松本典子が芸能界復帰》志村けんさんへの感謝と後悔を語る “変顔コント”でファン離れも「あのとき断っていたらアイドルも続いていなかった」
NEWSポストセブン
大阪桐蔭野球部・西谷浩一監督(時事通信フォト)
【甲子園歴代最多勝】西谷浩一監督率いる大阪桐蔭野球部「退部者」が極度に少ないワケ
NEWSポストセブン
がんの種類やステージなど詳細は明かされていない(時事通信フォト)
キャサリン妃、がん公表までに時間を要した背景に「3人の子供を悲しませたくない」という葛藤 ダイアナ妃早逝の過去も影響か
女性セブン
創作キャラのアユミを演じたのは、吉柳咲良(右。画像は公式インスタグラムより)
『ブギウギ』最後まで考察合戦 キーマンの“アユミ”のモデルは「美空ひばり」か「江利チエミ」か、複数の人物像がミックスされた理由
女性セブン
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
女性セブン
水原氏の騒動発覚直前のタイミングの大谷と結婚相手・真美子さんの姿をキャッチ
【発覚直前の姿】結婚相手・真美子さんは大谷翔平のもとに駆け寄って…水原一平氏解雇騒動前、大谷夫妻の神対応
NEWSポストセブン
大谷翔平の通訳・水原一平氏以外にもメジャーリーグ周りでは過去に賭博関連の騒動も
M・ジョーダン、P・ローズ、琴光喜、バド桃田…アスリートはなぜ賭博にハマるのか 元巨人・笠原将生氏が語る「勝負事でしか得られない快楽を求めた」」
女性セブン
”令和の百恵ちゃん”とも呼ばれている河合優実
『不適切にもほどがある!』河合優実は「偏差値68」「父は医師」のエリート 喫煙シーンが自然すぎた理由
NEWSポストセブン
大谷翔平に責任論も噴出(写真/USA TODAY Sports/Aflo)
《会見後も止まらぬ米国内の“大谷責任論”》開幕当日に“急襲”したFBIの狙い、次々と記録を塗り替えるアジア人へのやっかみも
女性セブン
違法賭博に関与したと報じられた水原一平氏
《大谷翔平が声明》水原一平氏「ギリギリの生活」で模索していた“ドッグフードビジネス” 現在は紹介文を変更
NEWSポストセブン