国が決めたカネさえ払えば自由に従業員のクビが切れる――。こんな強引な「解雇の金銭解決制度」がまかり通ったら、労働者はますます弱い立場に追い込まれるのは目に見えている。
5月28日に開かれた政府の産業競争力会議(議長は安倍首相)で、1日8時間、週40時間という労働時間規制を取り払う「ホワイトカラー・エグゼンプション」を2016年春から一部の職種で導入する方針が示された。“残業代ゼロ法案”と批判されて、第一次安倍内閣で一度はお蔵入りになった制度だが、今回はゴリ押しされそうな雲行きだ。
そして、雇用流動化の目的で安倍政権ならびに経済界が歩調を合わせているのが、「解雇ルールの明確化」である。
一体どういうことなのか。人事ジャーナリストの溝上憲文氏が解説する。
「会社が社員をリストラする場合、労働基準法に基づいて、少なくとも30日前に解雇予告するか、1か月分以上の平均賃金にあたる解雇予告手当を支払わなければなりません。しかし、解雇自体がおかしいと社員が訴えれば民事訴訟に発展するケースもあります。
この場合は労働契約法に則り、解雇のやり方が『客観的に合理的な理由があったか』が法廷で争われることになるのですが、判断根拠が分かりにくいうえに裁判が長期化すれば会社にとってもダメージが大きい。そこで、労使双方が納得する解雇の落とし所として和解金の基準を決めてしまおうという案が持ち上がったのです」
一見すると、裁判にも訴えられずに泣き寝入りしていたような中小企業やブラック企業の社員にとって、解決金の相場が分かれば堂々と“手切れ金”を主張できるようになる。
だが、「乱暴な解雇の免罪符に使われるだけ」と話すのは、特定社会保険労務士でジャーナリストの稲毛由佳さんだ。
「どんなにひどい指名解雇が行われたとしても、国が解雇基準を定めれば会社は労働者をお金で黙らせることができますし、労働者側も『これ以上は争えないんだ』と誤解してしまうでしょう。これでは労働者の戦う気持ちをかえって萎えさせてしまうかもしれません」
解決金が年収の数倍になるなら、まだ救われるかもしれないが、経済界が納得するはずはない。稲毛さんは、「国がルールを決めるには無理があり、労働者が納得できるような金額にはならないでしょう」と予測する。
前出の溝上氏も「杓子定規に、このケースではいくら払えば解雇できるといった基準をつくるのは不可能」と話し、こう続ける。
「いまでも解雇無効の判決が出れば、裁判所は逸失利益などを計算して解決金を提示していますが、不当解雇の程度は千差万別ですし、会社の規模や使用者の支払い能力によっても金額は変わってきます。裁判所はあくまで個々の紛争を解決する目的でやっているのであって、この金額なら解雇は妥当と判断することは職分を超えることになります」