東京・銀座。平日の午前7時過ぎ、改築された歌舞伎座から少し築地方面へ歩くと、ばあちゃんの元気な声が聞こえてくる。
「おはよう」
「いってらっしゃい」
「ありがとう」
声の主は、石山文子さん(84才)。茨城県から1時間半、電車を乗り継いでやってくる行商のばあちゃんだ。
工事中のビルの囲いがへこんだ1畳ほどのスペースが石山さんの“お店”。工事現場の責任者が、長年その場所で行商をする石山さんのために作ってあげたのだという。
きゅうり(5本300円)、トマト(6個600円)など地元農家の採れたて野菜を売っている。
銀座界隈では有名人、“おばちゃん”と呼ばれて親しまれている。この街で実に61年間、雨にも負けず風にも負けず、行商を続けているのだ。
石山さんの起床は午前4時。支度を終えると、自分の体より大きな空かごを背負い、自転車で県境を越えて千葉県我孫子市のJR布佐(ふさ)駅へ向かう。
乗る電車は決まって5時51分発上野行。8号車の優先席が石山さんの“指定席”だ。
ここまではかごには何も入っていないのだが、なんと車内に地元農家や鮮魚店の人があらかじめ商品を運んで置いてくれているのだ。それらを発車する電車の中でかごに詰めていく。その作業を、今度は顔なじみの会社員やパートに向かう主婦たちが慣れた手つきで手伝う。石山さんと知り合って8年になる60代主婦は言う。
「最初はあいさつを交わす程度の関係だったんですが、いつの間にか手助けしてました。今では、みんなでワイワイ作業するのが毎日の楽しみです」
1日の売り上げは2万円ほどだが、仕入れ代と定期券代で利益はほとんどない。
※女性セブン2014年7月24日号