11月10日に亡くなった高倉健さんは「寡黙の俳優」と評された。高倉さんと二人三脚で歩んできた降旗康男監督らは、2年前の『週刊ポスト』での連載「現場の磁力」での取材に、盟友の「銀幕の向こう側」の姿を語っていた。同連載を執筆した作家の山藤章一郎氏が、降旗監督が語った高倉さんの姿を紹介する。
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『鉄道員(ぽっぽや)』ほか、高倉健さんの主演作は降旗康男さんが多く監督してきた。俳優が病床に就く直前までふたりで新作の用意をしていた。
「高倉さんには信念がありました。『背中がぞくぞくっとくるホンでないと、やる気にならない』と。これはずっと変わらなかった。ストーリーはつまらなくとも、ワンシーンいいところがある、ひとつ台詞が気に入る。たとえば『鉄道員』は最初のホンに納得しなかった。一行加えました。
〈曲がれねえんだ、俺は。ずっと向こうに延びているレールみたいに〉
そしたら『分かった』と。安易に曲がらない、曲がれない。これがまさに高倉健さんでした」
同監督作品『あなたへ』の制作意図を尋ねた折りの本誌取材に応えて、以下、降旗さんの高倉評。
「監督なんてねえ、なんにもすることない、ほんと。観客第1号としてOK出すぐらいで。いつもいつも高倉さんを主演に何を撮ったらいいか考えてきました」
「古いですよ、私たち。かつて、東映の興行部長が『内容なんかどうでもいい。網走番外地なら、最初と最後に健さんの歌が入っていればいいんだ』と口走った。それで僕ら、健さんも猛反撃した。『なにいってんだ、ふざけんな。謝りに来なきゃ撮影中止だ』。
そんな時代からです。でも興行部長の言葉も一面は当たっていたのかもしれません。穏やかな暮らしを捨てて不正に立ち向かう主人公の姿と歌に、1970年代、国家と対峙した青年たちの鬱屈が重なったのです。やくざ映画は反骨を端的に表わした。オールナイト興行で、真夜中も朝も、立ち見が出ましてね」
『新網走番外地』『日本女侠伝』『昭和残侠伝』……不条理に耐えるアウトローを描く降旗、高倉組の作品に喝采が湧いた。
みな、負と疵(きず)を抱きとめて生きざるを得ぬ男たちの物語である。背景に過酷な北国の雪風景が多かった。そこにたじろぎながらも立つ男が似合った。
余談をひとつ──高倉さんの母は雪のシーン、スクリーンにわが子のあかぎれ、ひび割れを見つけて「可哀想に」と涙した。
降旗監督ではないが『幸福の黄色いハンカチ』が新境地となった。そして降旗さんの『夜叉』『居酒屋兆治』『駅 STATION』『冬の華』──。
「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」
比叡山延暦寺の大阿闍梨・酒井雄哉さんから貰って座右の銘にしていたとおりの俳優人生をつらぬいた。
※週刊ポスト2014年12月5日号