魚類には痛みを感じる痛感神経がない、またはほとんどない、あるいは見当たらない。そんな話を何度も聞いたことがある。もしも魚に痛覚があれば、釣りという遊びは残酷に思えるし、片身を削いだ魚を水槽へ泳がせて包丁の技を自慢するといった行為は、それこそ倫理にもとる行ないということになる。
魚が痛みを感じているかどうかという疑問は、昔から幾度となく話題になってきた。
そもそも魚の口にハリを掛けるのが「釣り」だから、その行為に罪悪感を抱いては「趣味」として成り立ちにくくなるため、釣り人の多くは「魚が痛みなんか感じるはずはない」という立場だった。キャッチ&リリースというフィッシング・ゲームの規則も、魚が痛みを感じないか、さほど感じていないという考え方が背景にある。でなければ、「無益な殺生を避けるため」などという理由は、空々しいものになってしまう。
しかし、アメリカの生物学者が魚類の知覚や認知行動を研究調査した結果、魚も痛みを感じ恐怖も覚えることが実証された。
『魚は痛みを感じるか?』(ヴィクトリア・ブレイスウェイト著/高橋洋訳/紀伊國屋書店)によれば、ニジマスの唇に蜂の毒を注射したところ、痛みを感受するとみられる器官周辺の体温が上昇し、唇を水槽の壁や底に押し付けてもがいたのだという。
魚は釣りのために生まれた生き物ではないのだ。私たちが相手にしているのは痛みを感じる生き物であり、だから釣りにはある意味での厳粛さが必要だと個人的には思っている。
研究報告をしたヴィクトリア女史は釣りや魚食にはむしろ肯定的だが、モラルやルールは正しい科学の上に成り立つべきだと主張している。魚も痛みを感じる。そこが釣りのルールを論じる出発点となる。
文■高木道郎(たかぎ・みちろう)1953年生まれ。フリーライターとして、釣り雑誌や単行本などの出版に携わる。北海道から沖縄、海外へも釣行。主な著書に『防波堤釣り入門』(池田書店)、『磯釣りをはじめよう』(山海堂)、『高木道郎のウキフカセ釣り入門』(主婦と生活社)など多数。
※週刊ポスト2015年2月13日号