今年3月、シリア入りを目指していたジャーナリストに対し、外務省が旅券を返納させるという“事件”が起きた。外務省が旅券を返納させたのは、報道の自由の侵害ではないか? 弁護士の竹下正己氏が、こうした相談に対し回答する。
【相談】
フリーカメラマンのシリア入りの計画を受け外務省が強権を発動し、旅券を返納させました。現状では旅券法19条に抵触するのでしょうが、それでは憲法に定められている報道の自由、渡航の自由を侵害することになりませんか。邦人保護が優先か、報道の自由が優先か。竹下弁護士の見解を教えてください。
【回答】
外国旅行の自由は、憲法第22条が保障する「外国に移住」の自由の一つですが、「公共の福祉に反しない限り」との制約を受けます。そして、パスポート(旅券)は旅券法において、外務大臣が「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」への旅券発給の拒否や旅券返納の命令ができます。今回はこれが適用されたと思います。
返納命令には、いかなる事実関係に基づいて旅券返納が命じられたか理由が付記されますが、今回の場合、わからないので返納命令の当否は判断できません。この返納要件は、官に裁量がありすぎるとの批判と、外交の特殊性からやむを得ないとの考えがあります。
仮に、戦場やイスラム国の取材が危険であるとの理由による返納命令と仮定すれば、疑問を感じます。まず、取材が「公安を害する」ことはありません。また、戦争や犠牲者の惨状、紛争当事者の見解等を報道することは国益を害さないどころか極めて大切です。誘拐や殺害のような悲劇の発生が「著しく利益を害する」としても、取材行為との直接の関係が要件です。
慎重に行動しても、事故は完全には回避できないでしょう。それでも、取材行為が誘拐や拉致、殺害に直結している状態であれば別ですが、危地に赴く取材が危険との理由だけで断念したら、ジャーナリストの使命は果たせません。
危険情報の提供は、政府の責任です。渡航断念の説得も必要だとは思います。しかし、身命を賭した報道使命が真摯なものと信頼できれば、より詳細な危険情報の収集と提供に努めて助言し、可能であれば、現地当局にも警護要請するよう政府には期待したいところです。ジャーナリストも、これに応えて覚悟を決めた上、慎重に取材すべきだと思います。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2015年4月17日号