役者歴が50年を超えた火野正平にとって、芝居や、かっこよさへの意識が移り変わってきた。俳優を続けること、芝居を続けるための心がけについて火野が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏の週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。
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火野正平は1990年のテレビドラマシリーズ『神谷玄次郎捕物控』でレギュラーながらもほとんどセリフのない役で出演、近年も映画『終戦のエンペラー』の東條英機役はセリフなしだった。火野はそうしたセリフのないような役でも、画面に映るだけで確かな存在感を放っている。
「そういう役をしてみたいと思ったのと、そろそろセリフを覚えるのが面倒になってきたんだよ。ただのズボラだよね。
俺の一番やりたいのは『ジョニーは戦場へ行った』っていう映画のジョーの役だから。戦場で五感も両手足も失っているから、喋らなくていいし、寝ているだけだから、あんな楽な仕事はないよな……というのは冗談だけど。それで伝えることができたら、まあ理想だよな。
今やりたい役は『無口なガンジー』。東條英機もやったし、あとこの頭でやれる役といったらガンジーやろ。顔も似てるよな。何も喋らずに無抵抗の抵抗をする。そういう役が来ないかなと思っているんだよ。
自分の意識も若い頃から変わった。ずっとジェームズ・ディーンをやろうとしていたんだ。背中で淋しさを出そう、とかね。
でも、ある時にジェーン・バーキンが来日した時の映像を見て驚いたんだ。バーキンが颯爽と歩いているのに後から小汚いオッサンが来た。腹がポテッと出ていてね。それが旦那のセルジュ・ゲンズブールだった。
このイイ女がコイツに惚れているわけでしょう。バーキンにとっては世界一イイ男。
その時、男って、こんな生き方もあるのかって思ったんだ。その辺から芝居が変わったんだ。柔らかくなったというか。ワンショットを見て『かっこええ』と思ってもらえるというのも男の姿やないのかな、と」