年間600万人の観光客が訪れるフランスのベルサイユ宮殿。その前庭のど真ん中に登場した巨大オブジェが物議を醸している。
ベルサイユ宮殿では、2008年から現代アートの展覧会を行なうようになり、この6月9日からは現代彫刻家のアニッシュ・カプーア氏の回顧展が開催されている。作品のなかでひときわ目をひくのが、高さ10メートル、長さ60メートルの鉄と石でできた「ダーティー・コーナー」と題されたオブジェである。トンネルのような深い穴の開いた形状で、開口部が宮殿側を向いている。
黙っていれば“それっぽい”現代アートで通ったのに、カプーア氏がフランスの日曜紙に「女王の女性器だ」とコメントしたから、さあ大変。「わいせつだ」「不尊だ」などと批判が殺到したのである。
「フランス国内では、『家族での訪問は避けること』という宣伝も流されている。観光客からも『汚らわしい』『優美な宮殿に似つかわしくない』といった声が聞かれます」(フランス在住ジャーナリスト)
それにしても、表現の自由が広く認められているフランスで、なぜこんな騒ぎになっているのか。美術史家の田中雅志氏はこう話す。
「女性器を象(かたど)った巨大オブジェといえば、20世紀フランスの芸術家ニキ・ド・サンファルの《彼女》が知られています。巨大な女性の下半身のオブジェで、女性器の部分が穴になっていて、人が通り抜けられるという作品です。しかし、この作品が展示されたのは美術館で、カプーア作品が鎮座するのはベルサイユ宮殿。作品自体の評価よりも、場所のほうが問題なのです」
翻って日本では女性器アーティスト・ろくでなし子氏が逮捕されるなど、性を扱う芸術表現が厳しく規制されていて、発表方法が物議を醸す以前の状態。宮殿の前にこんなオブジェが堂々と展示されるだけでも、やはりフランスは芸術を愛でる自由の国なのだろう。
※週刊ポスト2015年7月10日号