朝日新聞社は昨年9月から、一般人の自伝を本にする「自分史」事業に本格的に参入した。これまでに2000件を超える問い合わせがあり、そのうち約100件の「自分史」が進行中だという。朝日新聞社が発行元であり、なおかつベテラン記者が取材をして原稿まで書いてくれるコースもあるため、これだけの反響もうなずける。
「今年は戦後70年という節目。物心ついた時に戦争を迎えた世代の『戦争の体験を後世に残したい』というニーズが増えています」(一般社団法人・自分史活用推進協議会の前田義寛・代表理事)
自分史を作る理由は様々だ。2013年に「人生50年」という自分史を作った元三重県議の中島隆平氏の話。
「政治活動を始めて50年という区切りや、金婚式などが重なったことが自分史を書くきっかけでした。世間に公表したいというよりも、家族や子孫に生き様を伝えられたらという思いがありました」
シニア世代の自分史ブームは以前にも見られた。2007年頃、時間や金銭に余裕のある団塊の世代が退職したためだ。当時のブームによって自費出版系の会社が急成長した。
一方でトラブルも多発。相談を多く受ける行政書士の馬場敦氏はこう話す。
「当時は名の通っていない出版社に本作りを頼むと、依頼者の思った通りの仕上がりではなかったり、出荷されず倉庫に眠ったままだったりするなどのトラブルがありました」
現在の自分史ブームの背景には朝日新聞や大手出版社で「自分史」を出せることで安心感を抱けるから、ということもあるという。とはいえ、これまでは出版社や印刷会社が主だった「自分史」に新聞社である朝日新聞が参入してきたウラには金銭的な理由もある。
「通常の単行本の場合、広告費などの諸経費がかさむため初版7000部の本が完売したとしても出版社に利益が出るか出ないか、微妙なところ。
しかし自費出版だと依頼者が買い取ることがほとんどであるうえに、粗利が一般的には約25%といわれていて極めて高い。最近は他の新聞社も気になっているようで『朝日の場合はどれくらい儲かるものなのか』と聞かれたこともあります」(前出の出版業者)
しかも記者には朝日OBが登用されるという。現在定年を迎えているのは、ポスト団塊世代であり、非常に人数が多いのは新聞社でも同じ。その世代の再雇用対策にもなるとすれば、一石二鳥だ。
新聞界といえば、日本経済新聞がイギリスの有力経済紙であるフィナンシャル・タイムズを買収し、生き残り策に奔走している。粗利が見込める「自分史」は新たな新聞社ビジネスの潮流となるか。
※週刊ポスト2015年8月14日号