ライフ

【書評】玉砕の島の洞窟の中で生き残った兵隊たちの卑怯とは

【書評】『戦後70年特別企画 卑怯者の島』小林よしのり著/小学館/1800円+税

【評者】平山周吉(雑文家)

「戦後70年特別企画」と銘打たれた小林よしのりの新作『卑怯者の島』は、読者のみならず日本人全体を拉致してゆく漫画だ。

 われわれが強引に連れ去られていく先は、玉砕の島の洞窟の中である。ひもじさ、みじめさ、疲労、絶望のど真ん中である。ほとんどが召集兵であろう生き残りの兵隊たちには、未練と意地が、私心と勇気が交錯している。

 七十年の平和をあたり前に享受してきた身には、紙面に描かれる膨大な死闘と死体を見続けていった先に、やっと兵隊たちの感情の総和を受け容れることができるだけだ。その時、火だるまでつっこむ姿、「隊長、俺を始末してください」と懇願する病兵の表情、粉々になった友の肉体、白兵戦の吶喊の雄叫び、そのどれもが他人事ではないと感じられてくる。

 戦場の舞台設定はパラオのペリリュー島が参考にされている。この四月、天皇皇后両陛下が慰霊のために訪れた地だ。だからといって、便乗企画と早とちりしてはいけない。ペリリュー島取材は十年前に行なわれ、作品は八年前から描き始められていた。

 漫画ではあの穏やかな海、鮮やかな碧空は描かれない。海上はアメリカ軍の圧倒的な物量で埋められ、洞窟内と夜戦のシーンがほとんどのため、救いがないほど、兵隊たちは追いつめられている。それなのに、慰霊や顕彰などより、もっと深い祈りがこめられていると感じられるのはなぜか。

「死臭が鼻をつき、うめき声が鼓膜をふるわせるあの時空へ!」「死神に包囲されながら、生の輝きが凝縮したあの島へ!」と強引に日本人を招待する作者の、あえていえば「悪意」が本物だからだ。

 未練という卑怯を抱えながら死んでいく隊長のセリフ「この戦争で死んだ多くの若者の死が犬死になるかどうかは生き残る者たちの肩にかかっている」は、現在にこそ向けて発射されているのではないだろうか。兵隊たちそれぞれの「卑怯」が明らかにされた後、『卑怯者の島』は、日本列島へとどんでん返しされる。

※週刊ポスト2015年9月11日号

関連記事

トピックス

大谷翔平選手(時事通信フォト)と妻・真美子さん(富士通レッドウェーブ公式ブログより)
《水原一平ショック》大谷翔平は「真美子なら安心してボケられる」妻の同級生が明かした「女神様キャラ」な一面
NEWSポストセブン
裏金問題を受けて辞職した宮澤博行・衆院議員
【パパ活辞職】宮澤博行議員、夜の繁華街でキャバクラ嬢に破顔 今井絵理子議員が食べた後の骨をむさぼり食う芸も
NEWSポストセブン
海外向けビジネスでは契約書とにらめっこの日々だという
フジ元アナ・秋元優里氏、竹林騒動から6年を経て再婚 現在はビジネス推進局で海外担当、お相手は総合商社の幹部クラス
女性セブン
岸信夫元防衛相の長男・信千世氏(写真/共同通信社)
《世襲候補の“裏金相続”問題》岸信夫元防衛相の長男・信千世氏、二階俊博元幹事長の後継者 次期総選挙にも大きな影響
週刊ポスト
女優業のほか、YouTuberとしての活動にも精を出す川口春奈
女優業快調の川口春奈はYouTubeも大人気 「一人ラーメン」に続いて「サウナ動画」もヒット
週刊ポスト
二宮和也が『光る君へ』で大河ドラマ初出演へ
《独立後相次ぐオファー》二宮和也が『光る君へ』で大河ドラマ初出演へ 「終盤に出てくる重要な役」か
女性セブン
真剣交際していることがわかった斉藤ちはると姫野和樹(各写真は本人のインスタグラムより)
《匂わせインスタ連続投稿》テレ朝・斎藤ちはるアナ、“姫野和樹となら世間に知られてもいい”の真剣愛「彼のレクサス運転」「お揃いヴィトンのブレスレット」
NEWSポストセブン
デビュー50年の太田裕美、乳がん治療終了から5年目の試練 呂律が回らず歌うことが困難に、コンサート出演は見合わせて休養に専念
デビュー50年の太田裕美、乳がん治療終了から5年目の試練 呂律が回らず歌うことが困難に、コンサート出演は見合わせて休養に専念
女性セブン
交際中のテレ朝斎藤アナとラグビー日本代表姫野選手
《名古屋お泊りデート写真》テレ朝・斎藤ちはるアナが乗り込んだラグビー姫野和樹の愛車助手席「無防備なジャージ姿のお忍び愛」
NEWSポストセブン
破局した大倉忠義と広瀬アリス
《スクープ》広瀬アリスと大倉忠義が破局!2年交際も「仕事が順調すぎて」すれ違い、アリスはすでに引っ越し
女性セブン
大谷の妻・真美子さん(写真:西村尚己/アフロスポーツ)と水原一平容疑者(時事通信)
《水原一平ショックの影響》大谷翔平 真美子さんのポニーテール観戦で見えた「私も一緒に戦うという覚悟」と夫婦の結束
NEWSポストセブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン