人と人とのつながりが希薄になり、深く人間関係を結ばない人も増えている。しかし、人の心に触れることで成長するもの。あたたかさやぬくもりを実感して、涙を流してみませんか。46才主婦が、幼少期の母親とのふれあいについて思い返す。
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小学3年生の頃のことです。私の家は母子家庭で、裕福とはいえない暮らしでした。母はパートと内職をしていて、私が学校から帰って来る時間には、家にいるようにしてくれました。
母の内職が早朝や深夜と、長時間になっているなと思っていたある日、母がカステラを買ってきました。うちではぜいたく品です。それは家庭訪問に来る先生のために用意したものでした。母はカステラを買うために、内職の時間を増やしていたのです。
先生が家に来たので、私は席を外し、近くの公園に行きました。しばらくすると、急ぎ足で歩く先生の姿が。わが家の家庭訪問が終わったのでしょう。持っていた紙袋を無造作に公園のゴミ箱に捨てるのが見えました。気になって中をのぞいてみると、そこには母が買ってきたあのカステラが捨てられていたのです。
私は怒りに震えました。紙袋を拾い、「先生が捨てた!」と母に大声で訴えました。母は驚き、
「無理に持たせちゃったのね、悪いことをしたわ」
と、残念そうな顔に。先生への怒りと、母を悲しませてしまったことへの後悔で、私はいたたまれなくなり、泣きじゃくって母に抱きつきました。母は私の頭をなでながら、「先生にはまだ訪問先があって、きっと邪魔だったんだね」と。
私は、それなら受け取らなければよかったんだと、また怒りがぶり返しました。明日、クラスの友達にこの話をすると言うと、たしなめられました。
「怒っていても、笑っていても、同じ時間が過ぎるのだから、笑っていたほうが得なのよ」と母はニッコリ。
そういえば母が怒ったり、愚痴を言ったりする姿を見たことがありません。ひとりで子供を育てるのは大変なはずです。幼いながらも、母の言葉が胸に響きました。私も、できる限り笑顔で過ごそうと心に決めました。
それから40半ばを過ぎた今まで、深く落ち込むことも、激しく怒ることもなくやってこられたのは、母のおかげなのだと、カステラを見るたびに思い出します。
※女性セブン 2015年10月29日号