2015年は文学界ではどのような収穫があったのか。作家の小谷野敦氏が小説ベスト5を選出した。
* * *
2015年の作品の中からベストを選ぶとすれば、飯田章『破垣』である。著者は80歳の私小説作家。本作は妻との関係を描いた連作集で、妻に見捨てられるのではないかという恐怖心を抱く一方、妻から逃げ出し、妻のいないことを夢見る男のそんな微妙な感情を円熟味の増した筆致で描き、「日常の中に潜む何か」をうまく見せている。
これに次ぐ第2位が過去に性的な傷を抱える女性作家と男の担当編集者との関係を描いた島本理生の『夏の裁断』。
第3位には、2014年の刊行だが、J・M・クッツェー『サマータイム、青年時代、少年時代 辺境からの三つの〈自伝〉』を挙げたい。著者は2003年にノーベル文学賞を受賞した南アフリカ出身の作家で、本書は3つの時期を描いた3部作。素晴らしいのは『サマータイム』で、自分が関わった女たちに、クッツェーの研究者が話を聞きに行き、女たちがクッツェーの恥ずかしい過去を暴露するという、変形私小説の傑作である。
第4位は北村薫『太宰治の辞書』。ミステリー作家である著者は純文学作家にならなかったのが不思議なほどの元文学青年で、本作は古典的文学作品の謎を探るミステリー小説。著者の文学的造詣が深く文学好きにはたまらないし、ヒロインの人物造形が魅力的だ。
第5位は伊藤朱里『名前も呼べない』。若い女性が幼少期に父親から受けたトラウマ、性的マイノリティなどをテーマにした作品。純文学だが、推理小説の叙述トリックが使われて面白い作品になっている。太宰治賞受賞作である。
※SAPIO2016年2月号