今年1月、日本福祉大学の湯原悦子・准教授(司法福祉論)が過去18年間(1998~2015年)に全国で発生した計716件の介護殺人事件(介護疲れなどが原因で発生した親族による被害者が60歳以上の殺人や無理心中)の調査結果を発表した。湯原氏が話す。
「殺害者の性別は男性512件(72%)、女性194件(27%)。残る10件は複数犯などでした。厚労省調査によれば、在宅介護の担い手の7割は女性ですから、少数派の男性が加害者となる割合が高い。つまり男性の介護者は女性と比べ、介護現場において“困難”を抱えやすいと推測されます」
716件の内訳を見ると、【1】夫婦間333件、【2】子供が親を死亡させた事件331件と両ケースだけで93%を占める。
【1】のうち、夫が加害者だったケース240件(72%)に対し、妻が加害者だったのは93件(28%)。【2】では息子が加害者だったケース235件(71%)に対し、娘は76件(23%)と、やはり男性が7割を占める。男性のほうが介護でより追い詰められる理由を湯原氏はこう指摘する。
「男性は介護のことで困っていても、周囲に家庭内の悩みを相談する習慣がありません。ましてや頼ることなどそもそも思いつかない人がほとんどです。その分、介護の負担を独りで抱え込んで孤立してしまうケースが多い」
仕事中心に生きてきた男性ほど思い当たる節があり、耳の痛い話ではないか。介護殺人は1990年代までは年間20件台だったが、ここ10年間は平均で年間約45件と増加傾向にあり、社会問題化している。介護殺人を特殊な事例と片づけるのは間違いと話すのは、男性介護の実態などを研究している立命館大学准教授の斎藤真緒氏だ。
「殺害にまで発展するケースは少数ですが、その一歩手前で苦悶している男性介護者は少なくありません。同様の事件が起きるたび、“気持ちはよくわかる”と感想を漏らす人たちを私は何人も目にしてきました。男性は介護を仕事と考えがちで、そのため弱音を吐いたり、他人に頼ったりしない。だから追い詰められやすい側面があります」
一線を踏み越えないためにはどうすればいいのか。斎藤氏が指摘する。
「男性はつい頑張ろうとしがちですが、介護は自分ひとりでは全うできません。公的な介護サービスを上手く利用して負担を軽減すると同時に、友人、知人、家にやって来るケアマネージャー、地域の家族会など、不満やSOSを言える複数のチャンネルを確保しておくことが大事です」
無理なく介護することが、“最悪の事態”を回避する唯一の方法といえるのだ。
※週刊ポスト2016年3月4日号