新年度を前に、人事異動の動きが慌ただしい企業は多いだろう。異動といえば会社主導の人事計画に則り、社員の意にそぐわない配置転換を求めたり、“適材適所”とは程遠いミスマッチを引き起こしたりするケースも目立つが、近年は社員自ら希望部署を申告できる「社内公募制」や「社内FA(フリーエージェント)制」を導入する企業が増えてきた。
2015年度に3年ぶりとなる黒字転換を見込み、「復活」の二文字も見えてきたソニーでは、一定の条件をクリアした有能な社員なら、希望部署や携わりたいプロジェクトを自由選べる社内FA制度を新設予定だという。人事ジャーナリストの溝上憲文氏がいう。
「もともとソニーは他企業に先駆けて1960年代から社内公募制度を取り入れ、社員のやる気とチャレンジ精神を後押しする企業として有名でした。新規事業のプロジェクトチームなどが立ち上がる度に社内ネット上で“求人募集”をかけ、条件を満たした社員なら誰でも応募できる仕組みです。
ここ最近は業績不振によって事業の縮小や大規模な人員削減などのリストラも進めてきましたが、どん底から這い上がる局面に差し掛かってきたことで、再び社員のモチベーションを高めたい狙いがあるのでしょう。
また、従来の公募制よりも社員が自主的に異動しやすいFA制を導入することで、事業の分社化などで凝り固まった人材を流動化させ、グループ全体の効率性・生産性が上がることも期待しているのだと思います」
ソニー以外でも、プロ野球選手のように社員が「FA権」を行使でき、行きたいポストへの異動が自由にできる仕組みを採用している企業はある。パナソニックや大和ハウス工業、帝人などはその代表企業だ。
しかし、社員数5000人以上の大企業のうち、社内公募制度を導入している企業が6割を超えているのに対し、FA制度を明文化している企業は2割弱にとどまっているとの調査結果もある。多くの企業でFA制度が広まらない理由はなぜか。
「毎年何百人もFA権を取得する社員が出て頻繁に異動されたら、会社の計画的な人事管理が難しくなりますし、何よりも将来性が明るい新規部署やプロジェクトにばかり人が集まってしまう懸念もあります」(前出・溝上氏)
もちろん、FA権を行使する社員すべてが希望通りに異動できるとは限らないが、少なくとも会社業績の足を引っ張り、いずれ事業の切り離しや売却なども囁かれるような“お荷物”部署に自らすすんで行く人はいないはずだ。そうなると、事業の立て直しを図る部署にはいつまで経っても有能な人材が集まらないことになる。