「ナマの日本美術を観に行こう」と始まった大人の修学旅行シリーズ。今回は、江戸時代中期の天才絵師・伊藤若冲の超絶技巧に迫る。花鳥図の最高傑作『動植綵絵』を中心に、ユーモラスな蛙や今にも動き出しそうな襖絵などを紹介。日本美術応援団長・山下裕二氏(明治学院大学教授。美術史家)を引率に、日本画家の松井冬子氏が、日本美術のスター絵師の世界に迫った。
山下:江戸時代、円山応挙や与謝蕪村、曾我蕭白と並び、京都画壇のトップに立っていた伊藤若冲ですが、明治以降、長らくその存在が人々の記憶から忘れ去られていました。再評価のきっかけになったのは、2000年に京都国立博物館で開かれた『没後二〇〇年 若冲』展です。その後、2007年に相国寺承天閣美術館で開催された展覧会で若冲の代表作『動植綵絵』全30幅が久しぶりに一堂に展示されました。
松井:その展覧会には私も足を運び、極彩色の超細密な作品に圧倒されました。今回(*注)の京都・相国寺所蔵『釈迦三尊像』3幅との同時展示は9年ぶり、東京では史上初めて。そもそも『動植綵絵』は、『釈迦三尊像』の左右に15幅ずつ並べられていたんですね。
【*注:生誕300年記念「若冲展」。東京・上野の東京都美術館で5月24日まで開催】
山下:若冲は40歳で隠居して絵の道に専念します。生涯独身で子もありませんでしたが、自身の家族の永代供養を願って『動植綵絵』を描いた。完成まで10年の歳月を費やしますが、寿命50年といわれた当時、若冲は自らの死を見据えて取り組んだのです。
松井:私の若冲像は、画家というより、デザインに長けたグラフィックデザイナーというイメージです。『薔薇小禽図』がそのいい例ですが、バラの花を病的なまでに反復して描いたのはなぜですか?
山下:「反復」は若冲を語るうえで重要なキーワードで、彼が内に抱える心理的な圧迫感を感じますよね。『芦雁図』にも若冲の特殊な深層心理が表われていて、僕はこの作品が一番好きです。
松井:雁が真っ逆さまに墜落しているなんて現実にはありえません。“心の目”に映る超現実世界を描く若冲らしい作品ですね。