介護のために追い詰められ、長年連れ添った妻や夫を、あるいは親を手にかける──。そんな悲惨な事件が、いまや決して他人事とはいえない状況になっている。
6月25日、埼玉県坂戸市で87歳の夫が85歳の妻を殺害する事件が発生した。足腰が弱り、物忘れがひどくなっていた妻を、夫がおよそ10年にわたって介護してきた。しかし「俺はもうダメだ」と、介護用ベッドで寝ていた妻の首を手で絞めたり、鼻や口を手で強く押さえつけたりして殺害したのである。
殺された妻は6月上旬に市内の介護施設を出たばかりで、近く再入所する予定だったという。なぜこのタイミングで殺人が起きてしまったのか。
「この地域の人は昔気質で、自分たちが介護されたり、老人ホームのやっかいになったりするのを嫌がる人も多い。殺してしまった旦那さんも、『息子たちの負担になる』ことを一番気にしていた」(近隣住民)
親の介護に疲れた子供が親を殺した事件もある。昨年11月21日、埼玉県深谷市を流れる利根川で、両親の面倒を見ていた三女(47)が一家心中を図った、“利根川心中”事件である。
三女は認知症とパーキンソン病を患う81歳の母親の介護を10年以上続けていたが、新聞配達で一家の家計を支えてきた74歳の父親が病に倒れてしまう。父親と三女は生活保護を申請したが、その翌日に父親が心中をもちかけ、三女も同意したという。
三女は両親を車に乗せて利根川に突っ込んだが、屋根まで水没しなかったため、車を出て右手に父親、左手に母親の服をつかみ、水深が深い方へと進んだ。「死んじゃうよ、死んじゃうよ」と手足をばたつかせる母に「ごめんね、ごめんね」と繰り返し謝り続けたという。
いつのまにか父親の服からも手が離れ、三女も流れに身を任せていたが、浅瀬に流れ着き、ひとり死ぬことができなかった。
殺人と自殺幇助の罪で起訴された三女は、被告人尋問で「本当は3人で死にたかった」「父を証言台に立たせることにならずによかった」と嗚咽(おえつ)を漏らした。6月23日、さいたま地裁が言い渡したのは懲役4年の実刑判決だった。
周辺住民によれば、3人はとても仲のよい親子だったという。
「娘さんはお母さんの認知症がひどくなったために、仕事を辞めたと聞きました。よくお母さんと一緒に散歩していて、その時は笑顔を見せていたのに……」
献身的な娘が両親を殺さなければならない。それが日本の現状なのである。
※週刊ポスト2016年7月15日号