両上肢が不自由な人のための運転補助装置である、ホンダの「フランツシステム」では、左足の前後回転運動によるステアリング操作が可能となった。「フランツシステム」は、1965年にドイツの電気技師エーベルト・フランツにより開発、日本でこのシステムを提供しているのはホンダだけだ。
「ホンダのスローガン“The Power of Dreams”は、夢を求めて夢を実現する…という理念の表明です。夢があるから力が湧き、たゆまないチャレンジが可能になる。ホンダのフィロソフィー(哲学)の集大成です」(ホンダ福祉事業室主任・尊田秀俊さん)
そのフィロソフィーとエンジニアの情熱が、「クルマは両手でハンドルを…」と定められていた道路交通法を変え、1982年に日本で初めてフランツシステムを搭載した「シビック」が公道を走った。
運転者はサリドマイド障害をもち、当時日本で初めて公務員試験に合格し、熊本市役所に勤務していた女性だった。
「『両手が使えないけれど、運転できる方法はないだろうか。これまで私をおぶってくれた母を、私の運転でドライブ旅行に連れて行ってあげたい』という手紙が開発のきっかけでした。それから現在に至るまで、フランツシステムの車両を90台超納車しています。手動運転補助装置のテックマチックシステムは1976年から展開しています。ホンダの福祉車両は“自操車”から始まったんですよ」(ホンダ福祉事業室室長・中村彰宏さん)
約39年でたった90台超?と思うかもしれない。しかし自操車は完全オーダーメードで、運転席に座る一人ひとりのドライバーの身体の状況などに合わせ、細やかな調整を何度も行って仕上げる必要がある。“安全”が至上命令だからだ。時には完成までに1年かかることもあるという。
「正直に申し上げて、採算性は厳しいですが、お客様がご自分の夢を叶えるお手伝いをホンダの技術ができるなら、それは私どもにとって何よりうれしいこと。これからもひとりでも多くのかたの夢の実現を見届けられたら…と思います」(中村さん)
※女性セブン2016年11月3日号