映画史・時代劇研究家の春日太一氏による週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、いまではその独特な存在感から「怪優」と称されることもある本田博太郎が、若き日に演出家故・蜷川幸雄さんから教わったことについて語った言葉からお届けする。
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本田博太郎は1979年に蜷川幸雄演出の舞台『近松心中物語』で、平幹二朗の代役として主役を演じて注目を浴びる。
「劇団というのは合わなかった。組織の中でやっていく人間じゃないんだよね。いい子になるのは嫌だから。小さな組織の中でごますり合いながら役をとるなんて、俺には面倒臭かった。
そんな時に蜷川幸雄さんが新人を探しているというので面接を受けたら良き出会いがあって。それからは蜷川さんの下で大部屋俳優みたいなことをしていました。やはり商業演劇というのは、名がないと役がつかないんです。
公演の中日に平さんが倒れ、『お前やれ』と抜擢されました。
蜷川さんから教わったのは演技というより生き方です。生き方が俳優に反映するということ。
たとえば、『ロミオとジュリエット』をやった時、俺はロミオ役で神父に甘えるシーンがあるんですが。蜷川さんに『バカ野郎! お前は人に甘えたことがないから、甘える芝居ができないんだ! 全身全霊で神父に甘えるんだよ!』と怒鳴られました。嬉しくて、涙が出ましたね。たしかに俺は人に甘えたことがなかった。そのことを見抜かれちゃったんです。
演技術じゃないんですよ。俳優は演技を見せるんじゃなくて、自分の生きてきたものを反映させていかなければならない──。そのことを教わりました。テクニックだけの役者を観ても感動しない。下手でもハートが強烈に強い奴の方に目が行く。だから、俺の奥底にあるものが湧き出て、それが画面に表現できた時は『俳優をやっていてよかった』と思う」
その後、仕事の流れが少しずつ変化し、脇役・悪役に回ることが多くなってきた。