同年10月5日には羽毛田宮内庁長官が官邸を訪れた。この面会では羽毛田は表向き「女性宮家の創設」を要請した事になっている。しかし女性宮家は将来の皇族の減少に備えるものであり、譲位には直接はリンクしない。
そして前年に陛下から直接ご意向を聞いている羽毛田が譲位に関する相談をしないとは考えにくい。面会から一年後の2012年10月5日、野田内閣の有識者会議は女性宮家の創設を柱とする論点整理を発表した。
ちなみに、これと相前後するように野田は2日、30日に内奏で陛下と言葉を交わしている。動き出した皇室改革だが、結局、12月の解散総選挙で民主党が惨敗して下野したため、皇室典範改正の流れは消えた。
そして昨年になって陛下のご意向を伝えたNHKのスクープでは、6年前の陛下の「譲位」という言葉が、「生前退位」という言葉にすり替わっていた。
「皇位を譲る」という政治的ニュアンスを極力少なくする為に、「自ら皇位を降りる」という個人的行為に寄せていく工夫が垣間見える。
それはひとえに天皇の国政不関与という壁を乗り越える工夫であり、見方を変えればなかなか譲位への動きが始まらない状況に対する皇室並びに宮内庁幹部の苛立ちを映してもいた。
●やまぐち・のりゆき/1966年東京生まれ。ジャーナリスト。アメリカシンクタンク客員研究員。1990年慶應義塾大学経済学部卒、TBS入社。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月TBSを退職。安倍政権の舞台裏を克明に綴った『総理』が反響を呼ぶ。
※SAPIO2017年3月号