暮らし

子供はどこまで親の介護をしなければならないのか?実例から弁護士と介護のプロが回答

 家のローンや子供の教育費のため忙しく働き、子供もまだ手が離せない。そんななか、親の介護までのしかかると、たとえ、やってあげたい気持ちはあっても、手間もお金もかけづらいのが現実だ。子供がすべき親の介護の正解とは?実例をもとに考えてみたい。

子供は親の介護をすべき?介護の義務はあるのか?

 結論から言おう。民法上、子供には親の扶養義務しかなく、介護義務はない。

 つまり、「扶養=金銭的援助」はしなければならないが、同居するなどしておむつや食事の世話をするといった身体的介護を担う義務はないのだ。

「そもそも、パートナーがおらず、子供もいない人は自分の老後を自分で何とかしないといけないわけですから、夫や妻、子供がいる人だけ、自分の老後を人に任そうというのは都合のいい話です」

 とは、介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんだ。

 だからといって、親の介護を他人に任せては親がかわいそうだし、育ててくれた恩を仇で返すような罪悪感にもさいなまれる。親の介護をしないなんて人でなしとみられそうで、世間体だって悪い―-多くの人がそんな考えにとらわれ、葛藤と折り合いをつけながら介護をしている。コラムニストの吉田潮(うしお)さん(50才)もそのひとりだった。

「老老介護の現実を見て施設入所を決意」コラムニスト・吉田潮さんのケース

「私の父は2006年に65才で定年退職をし、その頃から少しずつ認知症の症状が出始めました。当時、私も姉も両親と別居をしていて仕事も抱えていたため、父の介護は同居する母が一手に担っていました」(吉田さん・以下同)

 父親はその後の10年で少しずつ足腰が弱り、入浴や排せつの介助が必要に。2016年には要介護1に、2017年には要介護2になった。それでも母親がひとりで介護に奔走していた。

「夫の介護を妻がするのは当たり前――面倒見のいい母はそういう考えのもと、何でも自分でやることが夫の幸せだと思っているようでした」

 自分でできるだけのことはやり、できない部分はデイサービスを利用していた。しかしそんな生活も破綻する。

 2018年1月、母親が、「もう絶望感しかない」と、泣きながら吉田さんに連絡してきたのだ。

「実家に駆け付けると、そこには転倒したまま床に横たわる父と、それを助け起こすことすらできず、高熱に苦しんで伏せている母がいました。文字通り、夫婦が共倒れしていたのです」

プロにケアをしてもらう方が親のため

 老老介護の限界を目の当たりにした吉田さんは、ここで父親を施設に入れる決意をした。

「そうしないと、母が苦しむだけだし、充分な介護をされない父もかわいそう。私や姉には仕事があるし、在宅介護はできない。というか、する気もありませんでした」

 冷たいと思う人もいるかもしれないがと、彼女は続ける。

「介護で疲弊し、親に冷たく当たるくらいなら、プロにケアをしてもらう方が親のためだと思ったんです」

 すぐに担当のケアマネジャーに相談し、最終的に特別養護老人ホーム(以下、特養)への入所を決めた。このとき父親は要介護4になっていた。

 こう書くとトントン拍子に入所が決まったように見えるが、いちばん大変な思いをしている“母の壁”があった。

「父は、入所すること自体よくわかっていなかったのですが、母は、“お父さんがかわいそう”と断固反対。そこで、“万一のとき、在宅介護だと救急車を呼ぶしかないけど、特養なら看護師さんが24時間常駐している。お母さんが大変なときでも、施設にいたらプロが面倒を見てくれるから安心だよ。それにお母さんの今後の人生がお父さんへの恨みで埋まってしまうのは悲しいよ”と説得し、半年かけて納得してもらいました」

施設入所後も“介護”は続く

 施設に入れたからといって、完全に介護から解放されるわけではない。

「入所前は、事務手続きに追われました。施設の提携医に引き継ぐため、父に健康診断を受けてもらい、診断書を入手。さらに膨大な契約書に目を通して署名をします。入所後は、母が2~3日に1度、私が5日に1度の頻度で施設を訪問。行くと1日つぶれますが、父が施設での生活に慣れるまでは頻繁に通いました。

 そして、歩行訓練や手足のマッサージ、ひげそり、歯磨き、トイレ介助、紙パンツ交換などの世話をするんです。母も、ここで介護をすることで、父への罪悪感が和らいだようでした。こういったことこそ、家族にしかできない、“介護”だと思います」

 家族の介護は家族がやる―― 

 それがこれまでの常識だった。しかしこれからは、発想の転換が必要なのかもしれない。家族がやってできないことを外部に頼むのではなく、基本的な介護はすべて外部に任せて、どうしても家族にしかできない“介護”をやる。吉田さんのように、そう考えをシフトした方が家族の幸せにつながるのかもしれない。

いちばんの難問は罪悪感の解消

「本音を言えば、母に介護を任せ、手伝えなかった私にも罪悪感はありました。介護はプロに任せた方がいいと割り切っていたとはいえ、申し訳ないという思いはゼロにはならないんです。介護は罪悪感との闘いだと思います。でもできないことを無理にやればお互いに破綻するのもわかっている。施設に預けてからは、普段の介護はスタッフに任せ、家族にしかできないことをやる。こうしたことも、すべて立派な介護だと思えるようになりました」

 父親がいま、幸せかどうかはわからないと、吉田さんは言う。ただ、表情が在宅介護をしていたときよりも穏やかになり、笑顔が増えたという。3年後には、団塊の世代が後期高齢者の75才以上になり現役世代の負担が増す。そのとき、親子で共倒れにならないよう、 いまから、自分の人生を守ることを第一に考え、介護は皆で分担するという意識改革をすることが大切なのかもしれない。

いまどきの困った介護のリアル・弁護士が解説

 親の介護に困った子供のケースをもとに、弁護士・外岡潤さんにアドバイスをいただきました。

【ケース1】ひとりで介護を抱えた結果…

 2007年12月、認知症の男性(当時91才)が夕方に徘徊した末、電車にはねられて亡くなり、同居していた妻と、別居していた長男がJR東海から約720万円の損害賠償を請求された。だが、二審では、20年以上別居していた長男に監督義務はないとの判決が。ひとりで介護をしていた妻に損害賠償責任が負わされそうになったが、妻自身も当時要介護1で監督が困難だったとして請求は棄却された。

■介護はひとりですると損をする、という一例に!

「民法714条は、認知症などで責任能力がない人の賠償責任を監督義務者が負うと定めていますが、長男は介護にかかわっていなかったため賠償責任を免れました。介護は何があるかわかりません。ひとりでがんばった末、大変な責任を背負わされることにならないよう、子供が頼れないなら施設に入れる、プロに頼むなどして負担を分散した方がいいと言えます」(弁護士・外岡潤さん)

【ケース2】25年間別居状態だった父の介護はどうする?

 Aさんの父親は、Aさんが幼い頃から家に帰って来ず、時々連絡を取り合うものの、25年間別居状態だった。ある日、父親の妹から「兄が認知症なので、入所できる施設を探してほしい」と連絡が。しかし、Aさんは父親の面倒を見ることが、経済的にも物理的にも不可能な状態。

 母親からも「自分たちを捨てた父親になどいまさらかかわるな」と言われて悩むが、ろくでなしでも父親は父親。何もしないのはかわいそうだと悩むが…。

■成年後見人をつけて父親の管理を任せればよい

「基本的に、子供は親の介護にかかわる義務はありません。とはいえ、一切かかわらないのが心残りなら、成年後見人をつけるのがベスト。成年後見人は第三者でも身内でもなれ、一度家庭裁判所に選任されれば、正式な法定代理人として責任を持ってその人の生活を整えられます。地域包括支援センターに相談をすれば申し立ての支援をしてくれます」(外岡さん)

【ケース3】費用負担はけんかのもと

 2006年に母親を有料老人ホームに入所させたA、B、Cのきょうだい。このうち、AとBが施設の入居一時金270万円を負担。さらにAは月々の諸経費も一部を負担。しかし生活が苦しくなり、何も払わなかったCに入居一時金の分担金90万円と月々の諸経費や医療費の分担金として月3万5000円を求めた。Cは月1万円しか払えないと主張したが、却下された。

■「払えない」といっても調べられない

「裁判では、総務省統計局の家計調査年報に照らし合わせ、Cに経済的余力があると判断。支払いを命じられましたが、裁判でもしない限り、行政が家計を調べることは基本的にありません。“家計が苦しく親の介護費用は払えない”と訴えれば、行政は、親の生活保護申請手続きをしてくれます」(外岡さん)

教えてくれた人

コラムニスト・吉田潮さん、介護・暮らしジャーナリスト・太田差惠子さん、弁護士・外岡潤さん

※女性セブン2022年9月1日号
https://josei7.com/

●おすぎの「老老介護」の成年後見人がピーコじゃなかった理由

●日本最高齢99歳の理事長がいる特養に密着|究極の老老介護を実践する“やすらぎの郷”の日常

●親の介護施設選びは「食事」に注目!見学するときにチェックすべき8つのポイント

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