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2010.11.21 10:00  週刊ポスト

トルコ風呂の技「泡踊り」(現・マットサービス)登場の衝撃

 かつて、ソープランド(個室付特殊浴場)が「トルコ風呂」と呼ばれていた時代がある。かつて、そんなトルコ風呂を追い続けた名物記者がいた。「ヒロちゃん」と呼ばれるジャーナリストがいたが、彼のことをジャーナリストの山藤章一郎氏が追った。

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 昔々その昔、『週刊現代』に「トルコ風呂奥の細道」という名物企画があった。「芭蕉の旅日記に誘われて」とうたっていたが、なんのことはない、俳聖が歩いた道、トルコの女をヤリに行く旅である。

 連載に名前は出ていないけど、旅人は、ヒロちゃんといった。

 本名・広岡敬一、存命なら88歳。この人こそ、性風俗の変遷を後世に正しく伝えた第一人者でした。

「こんなことが、この世の中にあっていいのだろうか」川崎・堀之内の〈川崎城〉で初めて泡踊りを体験したときの衝撃をヒロちゃんは『ちろりん村顛末記』(朝日新聞社)につづる。

「マットの上にまずうつ伏せに寝かされた」「私の背中に温か味のある石鹸の泡を盛り上げ」

「背中にかぶさるように裸の体を預ける」「肌のうえをゆっくりとやわらかく撫で回すような感触がくりかえされる」「手は私の腿の付け根を下にくぐり、オトコを捉えて」

 昭和46年のことだった。大日本トルコ史に特筆される〈泡踊り〉、いまでいう〈マットサービス〉です。〈川崎城〉の浜田というお姫さまが考案開発した技といわれている。

 だがヒロちゃんが乗り込んだとき、浜田姫は川崎にいなかった。衝撃体験はテクを受け継いだなんとか姫から受けた。

 川崎を去った浜田姫は鳥取の皆生温泉ほか各地で4軒のトルコ風呂を持った。だが「昭和50年1月17日自死、享年25だったと聞く」とヒロちゃんは書いている。

〈泡踊り〉が生まれた当時、全国には814軒のトルコ風呂があり、1万3645人の姫がいらっしゃった。客数は1500万人を超えたと推定する記録がある。

※週刊ポスト2010年11月26日・12月3日号

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