• TOP
  • 特集
  • 与謝野晶子夫・鉄幹 「性の研究団体」入会を希望していた

特集

2011.01.27 17:00  週刊ポスト

与謝野晶子夫・鉄幹 「性の研究団体」入会を希望していた

 大阪駅コンコースに1通の封書が落ちていた。宛名はない。差出人の名だけがある。届けられた曽根崎署の係官が開くと、女性器の微細な模写画が印刷されていた。とんでもない風俗壊乱である。曽根崎署から照会を受けた差出人の管轄署は、男の身辺を洗った。

 露骨な性文献数十巻の秘密出版に関係していたことが分かった。トラック3台分のエロ文献、エロ資料が押収された。

 昭和32年、あっと好奇を寄せられた〈相対会猥褻事件〉の発端だった。〈相対会〉は、大正2年に東大哲学科の学生・小倉清三郎が主宰した〈性の研究団体〉である。会員相互の性体験を伝え合う冊子「相対会研究報告」を出した。発足当時、約300人の会員誌として頒布された。書店では扱えない。むろん、禁書である。

「相対会第一組合特別会員と恩人」という、密かにつくったリストが残っている。 芥川龍之介、大杉栄、平塚雷鳥、坪内逍遥、吉右衛門、伊藤野枝。

 エピソードがある。与謝野鉄幹が〈相対会〉に入会したいと小倉に会いに来た。小倉は訊いた。「あなたは女にどんなことをしたことがありますか」

 鉄幹は答えた。「晶子(与謝野晶子)の中にバナナを入れて、翌日それを取り出して食べました」 すると小倉が一蹴した。「なんだ、そんなことは誰でもやっています」

 清三郎は、会創設の理念をわずかに語っている。「人間が存在せんためには、人間の生まれ出ることのために交接が必要である」「人間の尊さ、性的生活や交接の尊さをあらためて確認して、卑しい、汚いというヴェールをはぎとって」と願う。

 以後、小倉清三郎は妻・ミチヨとともにこの〈研究報告〉の発行を続けた。

※週刊ポスト2011年2月4日号

トピックス