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2011.07.14 16:00  週刊ポスト

赤線・青線の時代「ショート」15分の値段はコーヒー10杯分

 1958(昭和33)年4月1日に売春防止法が施行される以前は、事実上の公娼制度が存続していた。江戸時代以来の遊廓街、私娼街が風俗営業取締法に基づく「特殊飲食店街」となり、客と「女給」との間で「自由恋愛」という名の売買春が行なわれていたのである。

「特殊飲食店街」は通称「赤線」と呼ばれた。警察が地図上で遊廓街を赤線で囲んでいたことがその語源といわれている。ちなみに風俗営業取締法の許可を取らず、表向きは一般の飲食店として非合法に売買春を行なっていた地区は、通称「青線」と呼ばれた。

「赤線」の数は全国789か所にのぼり(昭和32年調査)、代表的な地区としては、東京では吉原、新宿二丁目、玉の井、鳩の街、州崎、品川など。大阪では飛田新地、松島新地、今里新地など。そのほか、横浜の真金町、名古屋の名楽園、京都の島原、神戸の福原、岐阜の金津園などがよく知られている。「青線」は「赤線」の隣接地域に多く、歌舞伎町の一部、横浜黄金町の一部が「青線」地区だった。

 売買春の料金は地区や店の格などによって異なるが、「ショート」「お遊び」と呼ばれる15分程度のコースが500円前後、「泊まり」が1000~2000円程度。1950年代前半は、新宿の喫茶店のコーヒー一杯の値段が50円程度、両切りピース10本入りが40円だったことから考えると、現在と比べて相対的に売買春の料金は安かった。

※週刊ポスト2011年7月22・29日号

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