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2011.10.21 15:59  週刊ポスト

伝説AV嬢 1本のギャラは「小さな国産車程度しか買えない」

「AV復帰はない」という森下くるみ

1981年、日本ビデオ映像から『OLワレメ白書 熟した秘園』『ビニ本の女 秘奥覗き』の2作が産声をあげた。以来30年、大きく成長を遂げたAV業界からは数々のスターが誕生したが、動画配信の隆盛や若者のAV離れなど、その将来は必ずしも安泰ではない。森下くるみさんは、ロリータ系女優として人気を博した女性。現在は文筆業や女優業もこなすが、AV時代を振り返る。

* * *
私がSOD(ソフト・オン・デマンド)と契約したのは1998年、19歳のことです。SODがAV業界制圧へ打ってでる時期でしたし、12作品というかつてない契約本数を含めて話題になりました。

あの頃、AV女優のトップは小室友里さんでしたね。小室さんを見て、やっぱり貫禄あるなあって感心してました。やがて、自分が1位になったときはうれしかったけど、これから先は落ちるだけだなって、冷めた気持ちもありました。

私は秋田の工業高校を出て、東京の食品会社に就職してお店のレジ打ちをしてました。自己主張の下手な、地味な女の子でした。セックスの経験はあったけど、AVのことは本当によくわからなかった。

だから撮影現場では、どう反応していいか迷いっぱなしでした。デビュー作から本番をこなしているんですが、監督の指示もないし、ただ横になっているだけでした。一瞬、事務所に騙されたって想いも脳裏をよぎった。新宿南口でスカウトされたとき、好きな人がいたらAVの仕事は断わっていたでしょうね。

1本のギャラの少なさにも驚きました。やっと小さな国産車が買えるくらい。グラビアやイベントの仕事をこなしたって、月150万円になることはなかったですね。

男優さんでお世話になったのは加藤鷹さんです。私がどういう状態になっても、一切動揺せずに対処してくれました。そういう意味で、AVの絡みは人間性とか相性に行きつくんだと思います。

自分を表現するのが苦手な私でしたが、AVに出演することで自己肯定できるようになりました。これが最大の収穫です。ただ、キャリアを積むにつれ、要求される内容がどんどんハードになってきてしまったので、2008年に引退しました。

いまは執筆活動を中心に忙しくしています。AV復帰……それは、もうありませんね(笑い)。

撮影■田中麻以

※週刊ポスト2011年10月28日号

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