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江沢民氏 鄧小平氏の一本釣りなければ教授になっていたかも

10月初旬、北京で突然姿を現し、ささやかれていた死亡説や重篤説を一蹴するなど世界中を驚かせた中国の江沢民前国家主席。この突然の復活劇で、来年秋の中国共産党第18回党大会の最高指導部人事に大きな影響を与えることが予想されるが、実は、江氏は1989年の天安門事件がなければ、政治家を辞めて大学教授になっていたかもしれないことが、あるビデオ映像からこのほど分かった。

江氏が2009年、浙江省杭州市にある中国聯合工程公司を視察した際、同公司関係者に明らかにしていたもので、江氏が話す様子を記録した数分間のビデオテープが保管されていた。同公司の前身は中国機械工業省第2設計院で、1949年の新中国建国後、上海で創設され、江氏はその電気科長として勤務していたことがある。

江氏は自身の“ルーツ”ともいえる設計院を訪れた際、これまでの人生を振り返り、その不可思議さを思うあまり、自身が最高指導者についたことについて、「人間の運命は歴史の流れのなかで決まっていくもので、自分では抗えないものだ」と述懐している。

ビデオテープには、背広姿の江氏が同公司の応接間のソファーに座って、右手にお茶の湯飲みを持ち、リラックスした様子で語っている様子が映し出されている。

1989年当時、上海市トップの党委員会書記兼党政治局員で、当時63歳だった江氏は「この年、自分では早めに(政界を)引退して、以前から好きだった学問の道を歩もうと、秘かに9月から母校の上海交通大学の教授に就任することを決めていた」と語っている。

中国にとって、1989年は激動の年で、4月に胡耀邦元総書記が急死したことを受けて、北京の学生が追悼デモを実施。学生らは徐々に民主化実現を要求し、全国各地に民主化運動が拡大。当時の共産党トップの趙紫陽総書記は民主化学生に同調し、5月下旬、当時の最高指導者だった鄧(トウ)小平氏らによって事実上、更迭された。そのとき、すでに大学教授への転身を図ろうとしていた江氏だったが、鄧小平氏ら長老指導者は江氏を趙氏の後任に大抜擢したのである。

「1989年5月31日、党中央から突然、『北京に至急来い』との通知があったのだ。人間は、自分の運命は分からないものだ。自分ではどうしようもないものなのだ」

江氏はしんみりした口調でこう述べたのだった。

「一個人の運命というものは、当然自分の奮闘努力にもよるだろうが、それとともに歴史の流れを考えないといけないのだよ。当時は、上海市党委書記だった私が選ばれて北京に行くようなことをどうして知ることができようか」

江氏はすぐに北京に赴き、鄧小平氏と会見した。江氏はその様子をこう語った。

「鄧小平同志は『中央はすでにすべて決定した。お前は党総書記に決まったのだ』と言ったのだ。私は『もっと能力がある方がいるのではありませんか。これは謙遜ではありません。わたしのような上海市党委書記がいきなり北京に行って、どうしたらいいのでしょうか』と断ろうとしたのだ。ところが、鄧小平同志は『もうみんなで検討して、すでに決まったことだ』と言って、私の話など聞こうともしないのだ」

江氏はこう話すと、鄧小平氏と会見した後、次のような詩を書いたと披露した。

『苟利国家生死以、豈因禍福趨避之』(和訳すると、『仮にも国家の存亡にも関わることならば、結果がどうあろうと、どうして避けることができようか』)

「こういうわけで、私は北京に行ったのだ」と江氏はしんみりした口調で語っている。

江氏が北京に到着した2日後の6月3日夜から4日未明にかけて、民主化を要求する学生や市民らを戦車や軍靴で踏みにじる天安門事件が発生し、7日に鄧小平氏が事実上の鎮圧宣言を行なった。中国政府は事件による「死者は319人」と発表しているが、外国メディアや専門家らの説では数百人から数万人まであり、定かではない。

中国共産党は事態が落ち着くのを待って、6月23、24日の両日、北京で党第13期第4回中央委員会総会を開催し、江氏を党総書記に選出した。その後、江氏は2002年秋の第16回党大会で党総書記を辞任したものの、党中央軍事委員会主席の座に居座り、ようやく2004年3月に国家中央軍事委主席を辞任して公職から去り、引退した形となった。

しかし、引退は表面上のことで、党内での密約があり、秘密の役職についているとの見方もある。事実、10月の辛亥革命100周年記念式典では、入場の順番は胡錦濤主席に次いで2番目で、しかも座った席は引退指導者の席ではなく、現役指導者の席だった。このため、江氏はいまでも党内に隠然たる発言力を有しているとされる。

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