1982年『洗濯屋ケンちゃん』という高画質で画期的な裏ビデオが発売された。一節には13万本が流通し、12億円の売上があったとされる。『ケンちゃん』は時代にどんな影響を与えたのか、社会学者の松原隆一郎氏(56歳)が解説する。
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『洗濯屋ケンちゃん』はリアルタイムからちょっと遅れて見ました。知り合いの編集者から借りたのかな。私は性行為を見せる目的の作品に名作はありうるのかについては懐疑的ですが、『ケンちゃん』は、多少ドラマ性を組み込んだり、女の子に演技させようとしていて微笑ましかったですね。
『ケンちゃん』が時代に与えた影響は大きいと思います。当時まだ高価だったビデオデッキを売るために、地方の家電店が『ケンちゃん』をおまけとしてセットで売ったと聞きました。
三種の神器といわれたテレビ、冷蔵庫、洗濯機が売れなくなって、ビデオデッキが登場しましたが、ハードはソフトが充実しないと普及しません。テレビは、力道山、皇太子御成婚、東京オリンピックによって普及しましたよね。私はビデオデッキの場合はそれが『ケンちゃん』だったと思うんです。
ただし、ビデオデッキが普及したことで、映像情報がストックされ、いつでも見られるようになりました。
ドラマやスポーツもリアルタイムで見る必要がなくなった。それに伴って映像の持つ価値が下がっていったと思います。
皮肉にもエロ商品の価値も下がってしまう。『ケンちゃん』の頃、裏ビデオの相場は1万円とか2万円。それは当時の風俗店の料金と同じぐらいですよね。それだけ価値があったのが、今の裏DVDは数百円で売られているそうです。それはネットなどが発達し、裸を無料で見ることもできるからです。
裏ビデオって法律に反するけれど、多少は大目にみられていた。その合法と非合法の間で、相応の対価を払うことによって特別な興奮を得ることができた。
昔はタクシーの運転手が、こっそり裏ビデオなんかを売ってくれたこともありました。非合法を肯定するわけではありませんが、なんだかその時代が懐かしくもあります。
【プロフィール】
●まつばら・りゅういちろう:1956年生まれ。社会学者、経済学者。専門分野以外にも、サブカルチャーなどに詳しく、興味の範囲が広い。格闘技好きで知られ、その発言が話題になることが多い。東京大学大学院総合文化研究科教授。
※週刊ポスト2012年11月16日号