これまで激しい値下げ競争で顧客の奪い合いをしてきた牛丼業界だが、低価格路線もついに行き着くところまできた。3強の一角である「吉野家」が業界最安値となる“牛丼並盛り(常時)250円”の戦略店「築地吉野家 極(きわみ)」を急激に増やそうとしているからだ。
「値引きキャンペーンを仕掛けるのはいつも新興勢力の『すき家』と『松屋』で、老舗の『吉野家』は『ウチはいたちごっこには加わらない』と静観する立場だったのに、今年は逆の展開になった。でも、牛丼を300円未満で食べるのに慣れ切った消費者にとっては、10円や20円の違いでは響かない。品質保持と企業体力からいっても250円は限界を超えている」(業界関係者)
捨て身の価格破壊に出た「吉野家」の先行きを案じる声も出始めている。価格での差別化ができないとなると、牛丼チェーンはどこに生き残りの道を探るのか。市場調査会社、富士経済の上田周作・主任研究員が語る。
「低価格牛丼は“客寄せパンダ的”なメニューとして残しつつ、肉の種類や調理方法を変えた新メニューを充実させて利益を上げていくしかないでしょう。その一環として、各社とも力を入れているのが『焼き丼』です」
焼き丼で業界に風穴を開けたのは、前述の3強ではない。スライスした牛バラ肉を専用オーブンで焼きあげた「焼き牛丼」を目玉メニューに、昨年の市場参入からわずか1年間で100店舗の出店を果たした「東京チカラめし」である。
「『東京チカラめし』は売上高、店舗数ともに既に業界5位の『神戸らんぷ亭』を凌ぎ、さらに4年以内に1000店を目指している。いまの躍進ぶりが続けば、4位の『なか卯』も抜きさって業界の“第3極”に割り込んでくることは十分にあり得る」(前出・業界関係者)
そんな新参者の殴り込みに、寡占化を図る大手は「牛焼肉丼」(吉野家/並480円)、「焼き牛めし」(松屋/並380円)、「豚かばやき丼」(すき家/並630円)で応戦したが、いずれもオペレーション変更に伴う高価格がアダとなり、「東京チカラめし」の勢いを止めるまでには至っていない。
1杯290円で焼き牛丼を提供する「東京チカラめし」も、決して低価格戦略を踏襲しているわけではない。ロードサイド店では焼き牛丼を330円で出すなど、価格や量は客層や利益を見ながら臨機応変に変え、値上げも辞さない構えだ。さらに、メニューの幅も徐々に増やしていくという。
「東京チカラめし」を運営する三光マーケティングフーズの平林実社長は、経済誌『月刊BOSS』(2013年1月号)にて、こんな意味深なことを語っている。
「いまは焼肉定食とか野菜と焼肉炒めとか、こちら側に幅を広げていこうと思っています。私は牛丼を売りとして据えつつ、牛丼だけで食べていこうとは思っていません。日常食のコンビニエンス・ファストフードを作ろうと思っています。これからは麻婆豆腐丼とかチャーハンも出していくかもしれませんよ」
前出の富士経済によると、牛丼業界の市場規模は今後も緩やかに拡大を続け、2016年には4493億円になると見込まれている。だが、「東京チカラめし」の戦略を見る限り、今後は牛丼カテゴリーの範疇を超えた品揃えで勝負しないと、価格競争に飽きた消費者を呼び込むことは難しいのかもしれない。