人気、味ともに鮨ダネの王者はなんといってもマグロだろう。
マグロにはクロマグロ、ミナミマグロ、メバチマグロ、ビンチョウマグロ、キハダマグロと複数の種類があるが、中でも「海のダイヤ」ともてはやされるクロマグロは最高峰。本マグロとも呼ばれ、その濃厚な味わいは鮨好きを歓喜させる。
マグロは赤身やトロだけにあらず――。その奥深さを教えてくれるのが、東京・四谷荒木町に店を構える『日本橋 寿司金』である。“マグロの神髄を知る店”として大人気コミック『美味しんぼ』(小社刊)にも登場した店で、他ではなかなかお目にかかれない多彩なマグロの美味を提供する。
戦前の名店『日本橋 寿司金』から暖簾分けして開業したのが1971年。以来変わらず、最高級のマグロを扱う築地きっての専門仲卸『石宮』から、選りすぐりの国産クロマグロだけを仕入れてきた。
最初に登場したのは「スナズリ」だ。同店がその旨味を見出し命名した部位である。こちらの店では尾に近い2本目の腹ビレの上あたりだけをスナズリと認めている。〝へそ〟とも呼ばれる肛門筋周辺の肉のことだ。
同店を親子で営む、秋山弘氏・勝弘氏が解説する。
「筋が細かくて、稀少な部位です。スナズリは人間でいえば腹筋と腰の筋肉が合わさった部分というところでしょうか。運動量が多いため、脂が乗って旨味が出る。一方、筋肉質で肉厚であることも特徴です」
マグロの身は頭部のほうからカミ、ナカ、シモの3つに分けられ、腹部分はカミへいくほど脂乗りが良いとされる。スナズリは腹ナカにあたる。
次は「カマトロ」について説明したい。これは大トロ部分にほど近い腹カミの先端部分にあたる。エラから1本目の胸ビレのすぐ上あたりまでを指す。断面が霜降りで特に脂の乗った部位だ。噛めば、口の中に脂の甘みがジュワッとあふれ出す。
とりわけ希少価値の高い部位が「ヒレ下」である。大トロが取れる腹カミの部分にある。
場所は1本目の胸ビレの真上あたり。身肉がやわらかいのが特徴で、脂は比較的薄いながらも、旨味が濃い。260キロクラスのマグロでも10貫分とれるかどうか。なかなかお目にかかれない貴重な部位だ。
マグロを知り尽くした秋山氏は、もちろん赤身の旨さもよくわかっている。
「赤身を食べれば、旨いかまずいか、すぐにわかります。いい赤身には香りがあって、マグロ1匹分の旨味がギュッと凝縮されている。ウチでは巻物にも赤身を必ず入れるんです。トロだけではマグロならではのいい香りが感じられずに、どうも物足りなくてね」
同じ赤身の中でもマグロはミリ単位で味が変わる。それが面白いというのが、秋山氏の持論だ。
「赤身をスッと指で触れていくと、感触の違う場所が指先2貫分くらいあるのに気がつくんです。その部分がことのほか旨い! 手触りといい、味といい別格です」
熟練した職人の指先だけが知る究極の赤身。その部位に名前が付けられているわけでもなく、なぜ違いが出るのかもまたわからないという。まさに“幻の赤身”。マグロはますます奥が深い。
取材■渡部美也
撮影■石井雄司
※週刊ポスト2012年12月14日号