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2013.05.01 15:59  週刊ポスト

鴬谷の派遣型風俗200店 働く女性は10代~80代の約2000名

 女はいくつまで体で稼げるのか。その謎を調べようと、風俗街がある鴬谷駅前へ作家の山藤章一郎氏が赴いたところ、マクドナルドで、68歳になったばかりだというデリヘル(派遣型風俗)嬢、エレナに会った。前期高齢者が働く姿も珍しくない鴬谷の今を、山藤氏がリポートする。

 * * *
〈鶯谷〉という地名はない。

〈上野の森の鶯の声が聞こえる谷間〉が山手線、京浜東北線の駅名となった。一帯は〈根岸〉という。谷沿いの駅を降りると、袋小路がタテに割れ、隠れ道がヨコにうねっている。両脇を約70軒のラブホテルが埋める。日暮れを待つまでもなく、脚をすらりといたミニスカに腕を取られたネクタイがホテルに消える。

 この路地、裏通り、曲り道に、女をホテルに派遣するデリヘル事務所が200店ある。姫たちは、10代から80代まで、ノーマルからヘンタイまで、約2000名。ここにひしめく。事務所待機でも、ソト待機でもない者は、携帯がかかると、自室からチャリで出撃する。

 最近は、〈カンデリ〉が多いという。韓国からデバッてきたデリヘル姫である。場所が近接しているために、〈吉原〉のソープ出身者も多い。

 雀より鶯多き根岸哉

 明治27年2月1日、正岡子規はこのラブホテル街の奥まった〈鶯横丁〉に越してきた。俳人、歌人、多くの文人が病床の子規を励ましにたえず訪ねてきた。ロンドン留学中の漱石は来られない。子規は手紙を書いた。「僕ハモーダメニナッテシマッタ」だが、句作はつづけた。

 かいまみる寒竹長屋冬の婆

〈寒竹長屋〉は元・加賀藩下屋敷、現在の鶯谷駅下のラブホテル街の狭い一画である。老婆がなにか冬支度をしているのだろうか。この長屋と子規の住処のすぐ際を、1時間に1本の汽車が開業して10年ほどの上野駅から発つ。

 汽車過ぐるあとを根岸の夜ぞ長き

 終列車のあとの夜が寂しく長い。そういう時代、そういう場所だった。〈マクド〉に入る前、いまも残る子規の小宅にあがってみた。ボランティアが守る、低屋根の塗り壁がこそげた仕舞た屋である。濡れ縁の先に小坪がのぞめる6畳間、子規はここに病臥していた。その位置に、横にならせてもらった。小手鞠と藤の花がガラス戸越しに横向きに映った。

 68歳のデリヘル嬢、エレナ姫の携帯に仕事が入った。当方も外に出て、ぶらりと不動産屋をのぞいてみた。親父がいう。

「正岡子規ゆかりの地だでな。昔からの町民はデリヘル嫌がってるさ。でも、ここらはいまや、ホテル、マンション、女子寮、事務所から、弁当屋、飲食、コンビニ、鶯谷駅の乗降客数まで……デリヘルさまさまよ。デリヘルなくなったら、やっていけねえで」

 ウインドーに、原色の下着を飾った店にも入ってみた。

「全員さん、デリヘルの女の方です。お店のホームページに載るからって、おしゃれなの買いに」

 さらに曲がりくねった小通りを行った。猫道にまぎれこんだ。60過ぎほどのおばちゃんが立っている。複数の店と契約して、通りかかる男たちに姫をつなぐ〈引き屋〉である。ひとり紹介して、2000円。

「ええ子いてるよ」大阪弁だった。

※週刊ポスト2013年5月17日号

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