【書籍紹介】『本当はこんな歌』/町山智浩・著/アスキー・メディアワークス/1050円
【評者】柳亜紀(弁護士)
ビートルズの名曲『ノルウェーの森』というタイトルが誤訳である、という話を聞いたことがあるだろうか。複数形“woods”なら「森」だが、“wood”の場合は「木材」の意味。つまり“Norwegian Wood”は、北欧製の白木の家具のことなのだ。
確かに、逆ナンされて男の子が女の子の部屋にあがりこむという話なのに、なぜ彼女が唐突に「いいでしょ? ノルウェーの森」と言うのか、高校時代ビートルズにハマり、歌詞を懸命に覚えた私は首をひねった。後に本当の意味を知ったときの衝撃は忘れられない。
本書で取り上げられている40曲はストーンズからエミネムまで有名アーティストのヒット曲だが、そんな歌だったの!?という驚きの連続だ。
たとえば、甘いメロディーで有名なポリスの『見つめていたい』は、アメリカでは結婚式の定番ラブソング。しかし、歌詞で繰り返される“watch”には監視するというニュアンスがある上、歌詞の最後で「僕」は「君」に捨てられているとわかる。実はストーカーの歌なのだ!
歌の背景やアーティストの素顔にまで徹底的に踏み込む手法は映画評論と同様で、情報満載。「葉巻はいかが?」が「リッチな勝ち組の世界へようこそ」と言いたい時の常套句だとか、学校で“speak”するとはおしゃべりのことではなく「発表する」ことなど、スラングを含む英語の言い回しまで学べるのもうれしい。
それにしても洋楽の歌詞は濃い。軽快で洗練されたサウンドにのせられていても、そこで歌われるのは、差別、児童虐待、コンプレックス、離婚、同性愛…などの生々しい体験や人生であり、資本主義や政治に対する怒りなど強いメッセージだ。
9.11以降のアメリカを痛烈に批判し続けてきた著者は、特にアメリカの歌について深く理解した上で、確信的にリベラルな分析を見せる。反中絶や反同性愛を強固に主張するキリスト教右派を支持母体とする共和党政権は、新自由主義経済で貧富の差を拡大し、イラク戦争を起こしてきた。音楽がそんな政治に抵抗するための力となっているところもまたアメリカのすごさだろう。
それにしても、洋楽の影響を思い切り受けているはずの日本のポップス。原発や増税、沖縄基地なんかをテーマにした歌がヒットする日がこないものだろうか。
※女性セブン2013年9月12日号