逮捕者まで出し、猪瀬直樹・東京都知事の“5000万円問題”にも波及した徳洲会騒動。発端は、33年にもわたって徳洲会創設者で前理事長の徳田虎雄氏に仕えた元側近・能宗克行(のうそう・かつゆき)容疑者(57)が、徳田氏の親族と対立を深め離反、同会の内部資料を東京地検に持ち込んだことだった。
こうした動きが徳洲会による選挙支援の「暗部」を解き明かすことになった一方、徳洲側も能宗容疑者を警視庁に刑事告訴していた。警視庁は12月3日、3000万円の業務上横領容疑で能宗容疑者を逮捕。『トラオ 不随の病院王 徳田虎雄』(小学館文庫)の著者・青木理氏(ジャーナリスト)が逮捕前の能宗容疑者の「肉声」と騒動の「核心」をレポートする。
* * *
「銀行からカネを借りまくって、がむしゃらに前へ前へと病院建設に突き進んでいたころ……、苦しかったけど、あのころが一番楽しかった。でも、もう終わりです。そんな時代は、もう終わってしまったんです」
男は、すこし寂しそうにつぶやいた。能宗克行、57歳。日本最大の民間医療グループ・徳洲会を舞台に最近巻き起こった事件は、この男の行動がすべての発火点となった。東京地検特捜部が強制捜査に乗り出した公職選挙法違反の容疑事案も、各メディアに乱舞している関連の記事やニュースも、ほとんどは能宗のもたらした情報に基づいている。
それも当然だろう。つい最近まで能宗は、徳洲会グループに君臨する絶対的ドン・徳田虎雄の絶大な信頼を受ける最側近、懐刀だった。グループの事務総長として病院経営や管理の実務を取り仕切り、巨大組織につきまとう“汚れ仕事”の処理を一手に引き受けてきたのも能宗であった。
ところが昨年9月、能宗は突如、事務総長職からの解任を通告された。今年2月には、懲戒解雇という形でグループから追放されている。その能宗が、グループの内部資料などを特捜部に持ち込んだのである。徳田の次男で自民党衆院議員となっている毅(42)が出馬した昨年の衆院選をめぐり、グループぐるみの選挙戦を繰り広げていたことを裏づける内部資料まで提供して──。
表面的にみれば、組織を追われた側近の決定的な裏切りである。だが能宗は、30年以上にわたって徳田に寄り添い、ともに歩み続けてきた大番頭だった。いったいなぜ、こんな事態に立ち至ってしまったのか。能宗が明かす。
「理事長(徳田)は本当に魅力的な人でした。たぐいまれな行動力と実行力で、不可能を可能にしてきたのが理事長でした。でも、変わってしまったんです。いまの理事長は、むかしの理事長じゃない。もう別人なんです。私にとってみれば、“徳田虎雄2号”みたいな感じのね……」
徳田が医師を志したのは、弟を亡くした幼き日の経験だった。治療さえ受けられれば何ともない病で死んだ弟の姿を目の当たりにし、離島や僻地にすこしでも充実した医療を届けることが自らのライフワークだと思い定めた。