芸能界では事務所の移籍トラブルがしばしば発生し、つい昨日まで頻繁にテレビに出ていた売れっ子芸能人が、突然人前からぱったり姿を消してしまうようなケースが存在する。「芸能事務所を移籍したいが、1年間の活動自粛を通達された」というケースは、法律的な強制力はあるのだろうか? 弁護士の竹下正己氏はこう回答している
【質問】
モデル事務所に所属しています。今後は俳優の道を目指そうと思い、ドラマ制作関係に強い他の芸能事務所に移籍したいと希望しているのですが、今の事務所からは移籍するのであれば「1年間芸能活動は自粛しなさい。それがこの世界の筋だ」と通達されました。この理不尽な通達は有効なのでしょうか。
【回答】
事務所の通達は無効です。無効という意味は、あなたがモデル事務所を辞めることを拒めませんし、他の事務所に移籍しても、損害賠償請求ができないのはもちろん、業務の遂行を妨害することもできないということです。モデル事務所との関係が、事務所から指示されてモデル活動を行ない、定額もしくは歩合で報酬をもらうものであれば、雇用契約が成立していると判断されます。
雇用契約に基づいて、労働者の退職後の職業や活動を制限することは、原則としてできません。なぜなら、国民は誰しも憲法第22条で「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」として職業選択の自由が保障されており、理由なくこの基本的人権を制約できないからです。
ただし、雇用契約において、退職後の仕事について一定の制約をすることが約束される場合があります。例えば企業秘密を扱う担当者であれば、競業する会社に簡単に転職されては困ります。こうした場合は、入社時や重要部署への配属替え時に、退職後の仕事等の制限を約束させられることがあります。
もっとも、こうした制約を受け入れたとしても無条件に有効と解されるのではありません。労働者が会社で得た情報の内容や性質から合理的な期間や場合によっては地域などの場所的な限界を設定して制限できるだけです。その代わり、手当などの見返りが必要とされる場合もあります。
このように転職の制限の合意がある場合でさえ、制限には限界があるのですから、モデル事務所との間で何の合意もなければ、制約されることはあり得ないといえます。また労働者が退職を申し出たときには、原則として2週間で効力が発生し、使用者はそれ以上拘束できません。あなたは自由に辞めて、事務所を移籍できます。
※週刊ポスト2013年12月20・27日号