芸能

山口組組長に一歩も引かず感心された東映「中興の祖」岡田茂

【書評】『あかんやつら  東映京都撮影所血風録』 春日太一著 文藝春秋 1943円(税込)
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)

 * * *
 破天荒なエピソードや興味深い裏話、登場人物の魅力に引き込まれ、一気に読まされる。1ページも退屈しない傑作である。

 京都の太秦にある東映京都撮影所前身時代から数えて66年余りの歴史を持ち、大衆的な作品作りを得意としてきた。1950年代の映画全盛時代を席巻した片岡千恵蔵、市川右太衛門らの時代劇、映画産業が斜陽化した1960年代後半にあってもヒットを重ねた鶴田浩二、高倉健らの任侠映画、1970年代半ばから後半に熱い支持を受けた「仁義なき戦い」シリーズと実録モノのヤクザ映画、そして低予算ポルノなどだ。

 本書は、その設立から現在までの歴史を辿りつつ、映画製作の裏で繰り広げられたスタッフと俳優たちの実際のドラマを描いたノンフィクションである。

 本書を読むと、東映京都撮影所は伝統的に型破りのエネルギーに満ちていたことがよくわかる。その個性を象徴するのがふたりの大プロデューサーだ。

 ひとりは日本初の映画監督である「日本映画の父」牧野省三の次男・マキノ光雄。マキノは省三の「大衆娯楽主義」を引き継ぎ、初期の躍進の立役者となった。〈脚本には泣く・笑う・(手に汗)握るの三要素を入れろ〉〈物語のベースは痛快・明朗・スピーディや!〉が口癖で、黒沢、溝口、小津の三巨頭らの作品で国内外の賞を受賞する他社や映画を芸術と捉える評論家からいくら蔑まれようが、〈通俗的で何が悪い〉と胸を張った。

 もうひとりは、マキノの薫陶を受けた岡田茂。高卒すら珍しく、小卒・中卒が多かった戦後間もない時期に東大卒で撮影所に入り、後に東映本社の社長・会長となって「中興の祖」と呼ばれた。

 岡田は若い頃から度胸が据わり、武勇伝をいくつも残した。たとえば、松竹から引き抜いた美空ひばりの名前の序列を巡り、その後ろ盾である山口組3代目組長・田岡一雄に凄まれても一歩も引かず、それがきっかけで「あんたがヤクザなら俺以上の親分になっとる」と感心された。岡田は、温情を交えながら戦地帰りも多い荒くれ者の集団を統率し、天才的な閃きで企画を立ててヒット作を連発した。

 その2人を軸に、俳優、監督から末端のスタッフに至るまで映画製作に関わる無数の人物が登場し、血と汗の臭いのするエピソードがこれでもかと紹介される。警察や鉄道会社や一般人を欺いてのゲリラ撮影、消防法も無視したような危険な撮影、チャンスを掴みたい大部屋俳優の命がけの演技、監督からスタッフへの理不尽極まりない要求、それに応えるスタッフの創意工夫と情熱、ヒロポンを打ちながらの徹夜作業……。

 そこにはスクリーンで展開される以上の人間味に溢れたドラマがあり、劣悪な環境をはねのけて突き進む当時の映画人の心意気が伝わってくる。

※SAPIO2014年1月号

関連記事

トピックス

NHK中川安奈アナウンサー(本人のインスタグラムより)
《広島局に突如登場》“けしからんインスタ”の中川安奈アナ、写真投稿に異変 社員からは「どうしたの?」の声
NEWSポストセブン
カラオケ大会を開催した中条きよし・維新参院議員
中条きよし・維新参院議員 芸能活動引退のはずが「カラオケ大会」で“おひねり営業”の現場
NEWSポストセブン
コーチェラの出演を終え、「すごく刺激なりました。最高でした!」とコメントした平野
コーチェラ出演のNumber_i、現地音楽関係者は驚きの称賛で「世界進出は思ったより早く進む」の声 ロスの空港では大勢のファンに神対応も
女性セブン
文房具店「Paper Plant」内で取材を受けてくれたフリーディアさん
《タレント・元こずえ鈴が華麗なる転身》LA在住「ドジャー・スタジアム」近隣でショップ経営「大谷選手の入団後はお客さんがたくさん来るようになりました」
NEWSポストセブン
元通訳の水谷氏には追起訴の可能性も出てきた
【明らかになった水原一平容疑者の手口】大谷翔平の口座を第三者の目が及ばないように工作か 仲介した仕事でのピンハネ疑惑も
女性セブン
襲撃翌日には、大分で参院補選の応援演説に立った(時事通信フォト)
「犯人は黙秘」「動機は不明」の岸田首相襲撃テロから1年 各県警に「専門部署」新設、警備強化で「選挙演説のスキ」は埋められるのか
NEWSポストセブン
歌う中森明菜
《独占告白》中森明菜と“36年絶縁”の実兄が語る「家族断絶」とエール、「いまこそ伝えたいことが山ほどある」
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
5月31日付でJTマーヴェラスから退部となった吉原知子監督(時事通信フォト)
《女子バレー元日本代表主将が電撃退部の真相》「Vリーグ優勝5回」の功労者が「監督クビ」の背景と今後の去就
NEWSポストセブン